本日は宗祖日蓮大聖人御逮夜法要を奉修しました。
本日も大変暑くなり、夕方の時間になっても暑さは続きましたが、謹んで大聖人様への御報恩を申し上げました。
法話では聖人知三世事についてお話ししているのですが、ここ数回、三世を考えさせられる御書を拝読させていただいております。
三世の理解は凡夫には到底至らないことですが、人生を考える上で三世は非常に大事な視点になると思います。
三世は重大な意義づけをしてくれる一方、自他共に乱暴なレッテルを貼ることになりかねません。
大聖人様のご教導を拝して真摯に受け止めなければならないことです。
子どもたちから死後の世界の質問を受けることがあります。
最初は死後のことを一生懸命説明していましたが、どうも子どもたちに響いていない感覚がありました。
ある時、
怖いの?
と尋ねると、
うん、怖い
と答えた後、いろいろな思いを話してくれました。
一概には言えないのですが、相手がお子さんの場合、死後の世界への興味よりも恐怖の方が強いのではないでしょうか。
ですから、こちらが答えることよりも、お子さんの思いを話してもらうようにすることが大事かと思います。
以前、養老孟司さんの講演で、
人生において痛みに対して意味づけができることは、とても重要なことで、宗教や哲学など様々な物事が取り組んできた
というようなことを仰っていました。また、ヴィクトールフランクルのことにも触れ、痛み、苦難、その受容についても大変重要なことだと仰っていました。
その上で仏教の四苦八苦は特異な受け止め方でもあることを指摘されていました。
現代は痛みに対して、回避の方法を示すことはありますが、何かしらの意味づけはできているのでしょうか。
意味づけすること自体が無駄なのでしょうか。
うた
は、
歌や詩や詠などの字がありますが、
唄
という字もあります。
何が違うのだろうと調べてみましたが、民謡などのことを意味しますが、この唄を
バイ
と読んで、
仏徳を讃える歌謡
の意味があるようです。
当門流にはあまり聞き馴染みのない言葉ですが、声明に関わる用語としてもあるようです。
今日、お参りのあった方とお話をしたのですが、今回のパラリンピックはあまり放送が無いようで残念です。
最近はオリンピックとセットで盛り上がっていたように感じますし、もう少しパラリンピックに目が向いていたように感じます。
前回大会が東京だったから、そのように感じるのでしょうか。
少ないですが、放送はされているので、そちらを観たいと思っています。
本日は御経日を奉修しました。
台風が過ぎ去り、雲一つ無い天気になりました。
お盆に引き続いて、深信の御参詣を賜り誠にありがとうございました。
御参詣の皆様と謹んで先祖諸精霊へ御回向を申し上げました。
法話に先立ち、本日が防災の日にあたっているということで、防災に関してのご挨拶をいたしました。
いろいろと防災の準備が必要ですが、とにかく一人で準備をするのではなく、家族、親族、近しい人と行う事が大切ですとお話ししました。
離ればなれになった時に再会する場所、どうやって連絡するかをまずは話し合って頂ければと思います。
法話では、「尊霊御菩提御書」と「除病御書」についてお話ししました。
先月の御経日でお話しした「太田入道殿御返事」に引き続いての内容です。
病気をしたときに、私たちはその病気をどう捉えるかということについて改めて考えさせられる内容でした。
転重軽受していくということは、難を受けることそのものに意味があるように思います。
病気が治る、難を克服する…それでも私たちはまた苦難を受けます。
そういう人生の中で、過去現在未来の三世を意識して、転重軽受していくという難の受け止め方は、現代人の何でも出来ると思い込んでしまっている増上慢に対して、全く別の生き方を示してくれているように思います。
台風は、昨日の寺院清掃は中止にするなどの対策をしましたが、当地では特別な被害もなく通り過ぎてくれたようです。
とはいえ、思ってもいないところで多くの被害が出ているようで、今後は台風周辺ではなく、もっと広い範囲で災害意識を持たなければいけないのだろうと思いました。
また、一部地域などでは買い占めなどもあったようで、防災意識の難しさを感じています。
台風一過、暑さが戻ってくるようです。くれぐれも大事にお過ごしください。
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