本日は、御逮夜法要を奉修しました。
謹んで宗祖日蓮大聖人様への御報恩謝徳を申し上げました。
法話では鼠入鹿事についてお話をしています。
仏教の初期仏典である法句経には、
花の香りは風に逆らっては届かないが、善人の徳の香りは四方に広がる
という教えがあります。
徳は見えるようで見えません。
しかし、徳が香るというのは何だか分かるような気がします。
視覚優位な現代において、徳を香りとして感じるという教えは人が六感で生きることの大事さを示してくれるように思います。
ゴミ箱にゴミ袋をかけて、その中にゴミを捨てて、たまったらゴミ袋ごと捨てる。
という当たり前のことなのですが、水気のない紙クズなどであれば、このビニールのゴミ袋がもったいないと思うようになりました。
そこで、インターネットで
紙 ゴミ袋 折り方
と調べると、たくさん折り方がでてきました。
紙が無駄になるじゃないか!
と思われるかもしれませんが、新聞紙や包装紙などをつかっても作れます。
実はもうここ数ヶ月、雑紙で作ったゴミ袋を使用しています。

なかなか使い勝手がよいです。
本日は御書素読を行いました。
ご参加頂き誠にありがとうございました。
今回から「下山御消息」を拝読しています。
下山殿の氏寺である念仏のお寺で法華経を読んだ日永師が追放されたことにたいし、日永師の立場で下山殿に向けて大聖人様が代筆された御書になります。
大変長文の御書ですが、ゆっくり拝読していきたいと思います。
本抄でも書かれているのですが、建治3年頃の大聖人様は縁が深くない人々は、すでになかなかお目通りできない状態となっていました。
安全のためなどいろいろと理由も考えられますが、日永師は、庵室の影からこっそり大聖人様の御説法を聞いたと書かれています。
その姿を想像すると、なんだか気持ちがあたたかくなるとともに、そうやってでも仏法を聞きたいと思われた日永師の強い意志も感じられます。
下記の動画を紹介してもらいました。
知識として知っていれば冷静な対応も可能になるかもしれません。
決して一人で対応しないように、周囲の人の協力を得るようにしてください。
本日、御参詣の方が、自分で描いた水彩画を見せてくれました。
とてもステキな絵で、心を動かされました。
最近は、AIで何でも描くことができる時代ですが、あらためて手描きの絵の素晴らしさを感じました。
もちろん描き手の人徳もあるとは思うのですが、AIにはない魅力があります。
人間が作り出すものは、どこまでいっても機械的ではないのかもしれません。
一見すれば、矛盾やゆらぎのようなものが、実は人間らしさの魅力であるとも思います。
法蔵の「大乗起信論魏記義記」に
信有って行無きは即ち信難からず、行を去るの信は縁に遇っては便ち退す
とあります。
これは、
信心があっても修行がなければ信心をたもつことは難しく信心堅固にはならない。修行のない信心はちょっとした縁によっても退転してしまう
というような意味です。
大聖人様は行を大事にされた、理よりも事を大事にされたわけですが、信と行と学、信心と修行と学びはいつでも一緒でなければ、肝心の信心も揺らいでしまうのだと思います。
大聖人様のお言葉に、
蔵の財よりも身の財すぐれたり、身の財よりも心の財第一なり。
という有名なご金言があります。
これは、お金よりも体、体よりも心という通釈をされがちですが、文脈から観ていくと、
蔵に積み上げる財物よりも、身に具わる健康の宝が勝れている。その体の健康よりも、心に備えていく財が第一である
という意味と考えられるそうです。
なぜなら、上記の御文の続きには、
此の御文を御覧あらんよりは心の財をつませ給ふべし。
と続くからです。
ただ、心が大事、心が大切ということではなく、
心に何を積み重ねていくかが大事
という御教示と拝すことができるかと思います。
積み重ねる=「行」ということにつながるかと思います。
「この先が不安だ」
ということを聞きました。
若い世代からすると、いや、年寄りだってこの先どうなるか不安です。
どうなっていくかも検討がつきません。
適当なことをいって、当たったからといって、また分からないことが起きてきます。
この先のことは分かりません。
でも、この先どう生きていくかは自分で決めることができます。
仏様の教えや、先祖の供養を通して、生き方を学び、どう生きていくかを自分で定めることはできます。
この先が不安だという気持ちはとてもよく分かります。
だからこそ、見えないこの先にあまり縛られず、これからどう生きていくかを模索してくれればと思います。
応援していますよ!
「葬儀などでお別れをするとき、言葉にならない感情があることに気がつきました」
という話を聞きました。
本当にそうだなと思います。
自分にとって、これはどういう感情なのか分からないということがあります。
ただ悲しいだけではない、「ありがとう」という思いと入り交じったような感情だったり。
少し腹立たしさもあったりするということを聞いたこともあります。
葬儀のときだけではわからないことはきっとたくさんあるんだろうと思います。
葬儀を終えてからの日々や、法事などを通して、自分に気持ちを理解することもあります。
自分の気持ちを簡単にこうだと決め付けないで、ゆっくり時間をかけて理解することも大切です。
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