本日は朝御講に御参詣いただき誠にありがとうございました。
毎日とても暑いです。
お供えしている樒がこう暑いとどうしても弱ってしまいます。
最近、お水を買えるときに、根を洗うようにしています。
効果があるかはわかりません。
下記に熱中症かなと思ったらということで、対処法が載っているリンクをはります。
https://www.otsuka.co.jp/health-and-illness/heat-disorders/first-aid
昨年も書きましたが、自分も忘れていたのでもう一度書きます。
外の作業が多い方に教えたもらったのですが、熱中症対策としてスポーツドリンクを飲みますが、汗をかいてから飲むのではなく、
汗をかく前、作業前に飲んでおく
ことが大事だそうです。
事前に欠乏しやすい水分やミネラルを体に入れておくということです。
皆様十分に気を付けてお過ごしください。
※昨日の記事がアップできていませんでした。申し訳ございません。
平成30年の7月6日、7日にかけて、中国地方でも豪雨災害があり、多くの方々が被害に遭いました。
記憶では、6月の末頃から長い雨と台風が重なり、その後、今ではよく聞くようになりました線状降水帯が発生しました。
雨の降り方は恐怖を感じるようなもので、それがこんなに続くのかと感じたことが思い返されます。
7日以降、今度はまったく雨が降らない晴れの日が続き、猛暑の中での復旧復興作業となりました。
法眼寺の前の道路を自衛隊や救援の車両などがひっきりなしに行き交い、その姿にとても励まされました。
法眼寺は幸いに甚大な被害は受けなかったものの、その記憶は忘れ得ないものとなりました。
天災は忘れた頃にやってくる
次の世代に語り伝えるべきことはたくさんあります。
よく
御勘気を受ける
という表現が御書中などにでてきます。
辞書で調べれば分かることですが、
勘気は、主君や主人、親などの目上の人から怒りを買い、とがめ(処罰)を受けること
です。
よく勘当とは違うのですか?と聞かれることがありますが、
勘当は法的な親子関係
勘気は目上の人
からのお咎めのことを言うようです。
AIにいろいろと質問をしてみると、AI自体にいろいろな制限が加えられていることがわかります。
それはAIの開発者が試行錯誤する上で、圧倒的な処理能力に制限をかけなければ、どのような反応がおきるかわからないという危険性を確認しているからだと思います。
たとえば、AI同士が会話するには、言語的なやり取りは必要ありません。
データの行き来だけで、いわゆる情報の共有はできます。
脳と脳が直結できるようなものです。
そうすると人間が使うような回りくどい表現などは非合理なものでしかありません。
ただ、そういう情報のやり取りをAIに任せてしまうと、中で何が起きているかが分からなくなってしまいます。
そのため、AIを監視するために、AI同士の情報共有には、人間がわかる言語をAIに使わせているそうです。
怖いなと思う反面、人間が使うことのできる「まわりくどくて、不器用で、時間のかかる表現手法」こそが、人間らしい営みといえるのかなとも思います。
大人も子どもも問題になっているスマホ依存。
さらに最近はAI依存も加わっています。
大人はもう自己責任で何とかするしかないかもしれませんが、学生はそうもいきません。
中学生を対象にしたデジタルデトックスのワークショップを行うとしたら…ということで調べてみました。
下記のような取り組みが挙げられるようです。
中学生向けのデジタルデトックス・ワークショップは、「我慢」を強いるのではなく、「スマホとの適切な付き合い方」や「ネット以外の没頭できる体験」を自ら見つける構成が主流です。
全国各地で、自然体験や自己管理を学ぶプログラムが開催されています。
中学生が主体的に参加し、スマホから離れる時間を楽しめる工夫がされています。
自然の中(石垣島やキャンプ場など)で、デジタル機器を一切使わずにアウトドア活動や農業、仲間との対話に没頭する宿泊型プログラム。
効果: 短期間での思考の変化や、自然の楽しさを実感できる。
特徴: 中学生自身が企画・運営し、スマホのメリット・デメリットや「ネット依存」について同世代と意見を交わすワークショップ。
効果: 大人からの押し付けではなく、当事者意識を持ってスマホとの距離感を考えられる。
特徴: 自宅に帰ってからも実践できる、自分に合った「スマホと距離を置くルール」を自分で見つけていく教室。
効果: 料理やボードゲームなど、両手や頭を使うアナログな代替案を学ぶ。
特徴: 鍛冶屋体験や陶芸、キャンプなど、完全に作業に「無心」で向き合う体験型プログラム。
効果: デジタル以外の世界で達成感を得ることで、スマホを使わない時間をリフレッシュとして楽しめる。
明日は崇峻天皇御書をお話しする予定ですが、ここに
内薫外護
という法門があることが示されています。
内にある仏性を育むことで、外にある諸天善神の加護を得る
という意味や、
内にある徳が、その人を護る
というような説明がされます。
この
徳
ということが人のあり方として言われることが少なくなっているように感じます。
姿や形ばかりが問われますが、人間の内面にある徳ということを考えてみると、現代にはない見方ができるように思います。
今回の長雨でトマトが病気にかかってしまったようです。

雨は小さな菜園では防ぎようがないので仕方ないことです。
他にもトマトが割れてしまって収穫できないトマトがたくさんあります。
これも仕方ない。
自然と付き合う難しさを感じます。
農家の方も大変だと痛感します。
仏教で出てくる漢字は、読みが難しいということがあります。
これは、呉音で読むことが多いからです。
これは仏教の経典が流入された時機にもよります。
読みが難しいので、読みを間違えると…と思うと、何だか読んでいくのが億劫になるということを聞きます。
人によって考え方は違うと思いますが、最初は読みは気にせずどんどん読んでいくと良いと思います。
人名なども、とりあえず気にせず読んでいけばそのうちに読みもわかってくるという感じです。
読みが分からなくて、その度に調べていると、なかなか読み進めることができません。
とりあえず気にせず読んでみてもらえたらいいかなと思います。
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