トマトの話です。

現在のところはこのような感じです。
この時期はあまり成長させすぎると徒長してしまうので、特に朝の気温が大事です。
なるべく朝方気温が上がりすぎないように、温床を調節します。
でも10度以下になるとそれはそれで弱ってしまいます。
とりあえず、順調かなとは思います。
それにしても、上手くいかないなと思ってたくさんタネをまくと、いっぱい芽が出で、これくらいでいいだろうと思うと、ぜんぜん芽が出ないのはなぜなのでしょうか。。
ずいぶん前から断捨離ということが流行って、いろいろと片付けをするという方が増えてきました。
いらないものは片付けてしまうということは大事だと思うのですが、
「子どもはもう読まないから本はどうしましょうか?」
という相談をよく受けます。
そういう本の中には貴重な本もあるので、
「とりあえず置いておくのはいかがでしょうか?」
とお伝えしても捨ててしまう方がいます。
若い世代が勉強しようと思ったとき、お父さんお母さんが残してくれた本があったことで、信心のことを学ぶ機会を得たという話はたくさんあります。
貴重な本は、読まないだろうと決め付けないで、手元に置いておいていただけると嬉しいです。
暖かい日が続いたので、花が咲いています。

水仙はとてもいい香りがしています。

こちらも可愛いです。クロッカスですね。
でもお花がさきはじめると…

こちらも元気いっぱいです。。
今日は夜から雨です。
なお成長するんでしょうね。
今日はとても良い天気でした。
境内で育てている蓮の壺が最近水を貯めても、すぐに水が枯れるようになりました。
地面に埋めていたので、掘り出しました。

壺は漬物樽を使っていました。
調べると水漏れしていました。

ということで、どうしようか思案中です。
江戸時代の書物を読んでいると、
分文
という言葉が出てきます。
今回は法華文句を解説する部分ですが、読みはぶんもんでしょうか。
意味としては、
論理的な構造に従って細かく解剖・分類すること
というようなニュアンスのようです。
ちょっとした言葉なのですが、意味を調べてみると大事な言葉だなと思うことがあります。

今日はとってもいい天気です。
暖かくてホッとしますね。
本を読んでいて、
いくつになってもわからないのが人生。わからない人生を、わかったつもりで歩むほど危険なことはない。
という松下幸之助さんの言葉をにふれました。
現代は分かりやすいが何よりも優先されますが、こういった言葉はどのような意味を持つのでしょうか。
分からなくても分からないなりに歩むことの大切さが人生にはあると思います。
下記の本を読みました。
仏教の大東亜戦争 著 鵜飼秀徳
明治期以降の仏教界の動向、特に日清日露をはじめ、大東亜戦争への仏教界の戦争協力、または反戦運動などをわかりやすくまとめてくれています。
自宗の不都合に切り込むことは大変難しいことです。
歴史をなるべく偏りなく認識し、同じ過ちを繰り返さないようにする。
それが歴史の濁流によって犠牲になった人にできる供養の一つだと思っています。
ただ無自覚に批判や称賛をするのではなく、まずは学ぶことが大切です。
そういう意味では、この本をはじめこの近代の仏教界の動きについて言及してくれることは非常に価値のあることだと思っています。
今年は当地はわりと気温がそれほど下がらないので…、という微妙な言い回しなのは、先日
今年は暖かいですねと言ったら、全力で寒いです
とある方に言われましたからです笑
トマトの苗も少しずつ大きくなってくれています。

ということで、植え替えをしました。
まだ弱々しいようでもトマトの苗は芽が出でしまえば、かなり根性があるので、心配ないと思います。
でも明日から寒くなるようです。
大丈夫かな?
今、この本を読んでいます。
14歳からわかる生命倫理 雨宮 処凛
https://www.kawade.co.jp/sp/isbn/9784309616858/
こんな文章があります。少し引用します。
科学技術、医療技術の凄まじい発展によって、救われる命は飛躍的に増えた。一方で、テクノロジーの発達に、私たちの「心」は追いついていない。哲学と倫理学も周回遅れのまま、「SFのような近未来的現実」を前に手をこまねいているような状況だ。そうして発達した技術は、私たちに次々と「選択」を迫ってくる。
宗教もきっと周回遅れだと思います。
この選択はもう避けることができないところまできていて、現実に自らの死生観を持つことが必然とされ、その選択をせざるを得ない状態になっています。
ある程度、共通認識の死生観に身を任せることができた時代と、どこまでいっても自己責任だと突き放される時代は、どちらが幸せなのでしょうか?
人工知能、AIは便利なので、もうかなりの人が活用していると思います。
ちょっと気になったことがあって、人工知能はネット上の情報を集めて回答してくれます。
人工知能が便利だから私たちが情報をアップしなくなったらどうなるんだろうと思ったんです。
そこで、人工知能に上記の疑問を聞いてみました。
すると、
もし、皆さんが「AIに聞けばいいから」とネットへの情報発信(ブログ、SNS、レビュー、専門記事など)をやめてしまったら、**「知の枯渇(こかつ)」**という深刻な事態が起こります。
と回答がありました。
つまり、人間が情報をネットにアップしてくれないと困るわけです。
人間が情報をアップする。
人工知能が整理する。
それを人間が利用する。
情報をアップする。
整理する…
これって切り取り方によっては、人工知能のために人間が情報をアップしているようで、怖いですね。。
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