本日は、御逮夜法要を奉修しました。
謹んで宗祖日蓮大聖人様への御報恩謝徳を申し上げました。
法話では鼠入鹿事についてお話をしています。
仏教の初期仏典である法句経には、
花の香りは風に逆らっては届かないが、善人の徳の香りは四方に広がる
という教えがあります。
徳は見えるようで見えません。
しかし、徳が香るというのは何だか分かるような気がします。
視覚優位な現代において、徳を香りとして感じるという教えは人が六感で生きることの大事さを示してくれるように思います。
本日は御書素読を行いました。
ご参加頂き誠にありがとうございました。
今回から「下山御消息」を拝読しています。
下山殿の氏寺である念仏のお寺で法華経を読んだ日永師が追放されたことにたいし、日永師の立場で下山殿に向けて大聖人様が代筆された御書になります。
大変長文の御書ですが、ゆっくり拝読していきたいと思います。
本抄でも書かれているのですが、建治3年頃の大聖人様は縁が深くない人々は、すでになかなかお目通りできない状態となっていました。
安全のためなどいろいろと理由も考えられますが、日永師は、庵室の影からこっそり大聖人様の御説法を聞いたと書かれています。
その姿を想像すると、なんだか気持ちがあたたかくなるとともに、そうやってでも仏法を聞きたいと思われた日永師の強い意志も感じられます。
本日は御経日を奉修しました。
朝から厳しい暑さとなりましたが、御参詣の皆様と謹んで先祖諸精霊の追善回向を申し上げました。
御参詣いただき誠にありがとうございました。
法話では、『曾谷次郎入道殿御返事(旧名曾谷入道殿御返事)』についてお話をしました。
法門が非常によくできる曾谷次郎に対して、お題目の大事さを説かれた御書です。
大聖人様の法門は修行ということをとても大事にされます。
ただ法華経を学ぶだけでは真の仏法を得ることはできず、唱題をすること、御本尊様に対する信をもって、はじめて法華経も学ぶことができると示されます。
とても大事なことです。
行が疎かにならないように気を付けてまいりましょう。
本日は寺院清掃を行いました。
朝から暑くなりましたが、皆様のお陰でとても綺麗になりました。
ご尽力誠に有難うございます。
ご参加された方から
紫陽花が綺麗ですね
とお声かけいただきました。
ここ数日の雨でしっかり開花となりました。



これから当分楽しめます。
本日は誓願題目講を奉修しました。
御参詣の皆様と一時間の唱題行にはげみました。
暑い中の御参詣、誠にありがとうございました。
今日は大変遠方から御参詣いただいた御信徒もいらっしゃって、大変有意義な時間を過ごすことができました。
法要が終わりましてからは茶話会となり、信心の話や趣味の話などたくさんのお話ができました。
その後、御信徒と人とつながることを恐れる時代性について話したとき、
「今の人は、他人がいるところに出て、そこで傷つくことを恐れているのではないか」
と教えてくれました。
たしかに言葉尻ばかりを追う時代です。
なにか発言を間違ったら、行動を間違ったら、自分は傷つくのではないかと思っても仕方ないのかもしれません。
信心の場においては、相手を傷つけるようなことを言わないように心掛けていくことも、つながりの輪を広げていくために、大事な心掛けだと思いました。
本日は御報恩御講を奉修しました。
御参詣の皆様と謹んで宗祖日蓮大聖人様への御報恩謝徳を申し上げました。
御参詣いただき誠にありがとうございました。
法話では御逮夜に引き続き兵衛志殿御返事についてお話をしました。
池上宗長に対して、大聖人様は厳しく戒めを与えられます。
それは互いの信頼あってこそで、信心弱く、止めてしまいそうな相手に大聖人様は厳しい言葉を投げかけることはありません。
宗長はその厳しさを見事に受け止め難局を乗り越えていきました。
大人になると自分を戒めてくれる存在はどんどんいなくなります。
また自分自身もそういう人や教えにだんだんと耳を傾けなくなってしまいます。
いくつになっても自分を叱ってくれる人や教えを私たちは何より大事にしていかなければなりません。とくに歳をかさねればかさねるほどつまらないことにこだわって、自分の考えばかりが正解だと思い、こうであればいいのに、そうであればいいのにということばかりを思ってしまいます。
そうするうちにだれも自分を戒めてくれなくなってしまいます。
気を付けていかなければならないことです。
増上慢にならないように気を付けてまいりましょう。
本日は御逮夜法要を奉修しました。
謹んで日蓮大聖人様への御報恩謝徳を申し上げました。
法話では「兵衛志殿御返事」建治3年11月20日の御書をお話ししています。
父との軋轢を池上兄弟がどのように乗り越えていくか、この池上兄弟に与えられて一連のお手紙を通して拝読していくと、互いのエゴを捨てて、本当に大事にすべきことはなにかを見いだしていくことの大切さを痛感します。
信心を説く方は、ついつい自分を上位においてしまいがちです。
何もわからないものに教えてやろう
という気持ちでは何も伝えることはできません。
本当に純粋に相手の心を安穏にしてあげるためにお題目の教えを伝えようとしなければいけません。
一方、他人が差し伸べてくれた手を握ることができるかも、導かれる側がエゴをすてなければいけない場面です。
いらぬプライドを持って、導いてくれるチャンスを失ってしまうことは多くあります。
池上兄弟の件に関しても、池上兄弟側からだけでなく、あえて父の目線を考えてみると、また気付かされることも多くあるかと思います。
本日は御書素読を行いました。
種種御振舞御書を最後まで拝読できました。
改めて種種御振舞御書を振り返ってみると、大聖人様の御一生がいかに苛烈なものであったかがわかります。
本抄の最後は身延のご様子を語られ、故郷の安房との対比を思わせるものです。
大聖人様も故郷の安房のことを思い、いろいろなことを考えていらっしゃったのかと推察されます。
大聖人様のお人柄を様々な形で垣間見ることができる御書です。
ぜひとも一度御拝読頂きたい御書です。
本日は御経日を奉修しました。
朝から天候が不順でしたが、御参詣の皆様と謹んで先祖諸精霊の追善回向を申し上げました。
御参詣いただき誠にありがとうございました。
本日は月例の御経日ですが、大行尊霊の祥月命日でもあります。
謹んで南条時光殿への追善回向も申し上げさせていただきました。
法話では、「四条金吾殿御返事」建治3年8月頃についてお話をしました。
御書中、
大聖人様は自分自身は仏に成ることしか祈らないけれども、四条金吾よ、あなたのことはいつでも万事上手くいくように祈っています
とございます。
四条金吾はこの時大変苦しい状態でありました。
その時に、先のような言葉を賜り、涙が止まらなかったことでしょう。
私たちも御本尊に向き合ったとき、大聖人様はいつも私たちのことを祈って下さっていると思うと、本当に有難く思います。
仏様の慈悲を身に感じ、信心に励んでまいりましょう。
本日は宗旨建立会を奉修しました。
謹んで宗旨建立会の御報恩謝徳を申し上げました。
総会に引き続き御参詣をいただき本当にありがとうございました。
法話では「富木殿御書」建治3年8月23日についてお話をしました。
この御書では信仰の疑問に対して、簡単に答えを示さず、夜は眠りを絶ち、暇を止めて案じなさい、考えを巡らしなさいと大聖人様は御教示になられています。
信仰においてではなく、日々の生活の中でも大事なことと思います。
自分自身で長い時間考え、試行錯誤しながら答えを模索していく。
今の時代にはなかなか合わない考え方かもしれませんが、本当の答えを知ろうと思うなら必要な過程ではないかと思います。
あえて富木常忍にこのことを示された大聖人様の意図を十分に汲んでいかなければと思います。
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