Monthly Archives: 4月 2026

お言葉

行学の二道をはげみ候べし。行学たへなば仏法はあるべからず。我もいたし人をも教化候へ。行学は信心よりをこるべく候。 
『諸法実相抄』

信心あるものは修行と学問に励む。
修行と学問がさらに信心を深める。
信心と修行と学びがバランス良く備わることが大切だ。

雑記

相談を受ける段階で、いろいろと予備知識を入れてこられるというのは、話がしやすい反面、その予備知識が確かな情報でない場合、混乱を生んでしまうことがあります。

お話をする中で、こちらができる話を伝えると、

「そういうことはインターネットでは書いてありませんでした。」

「知人はそんなことは言っていませんでした」

というような場合があります。

こういう行き違いを生まないためにどうしたら良いのだろうかといつも思っていました。

特に日蓮大聖人の教えは、世間に曲がって伝わっている部分も多くあるので、その辺りをどのようにして伝えれば良いのかと考えます。

でもこれは、伝えることに必死になっていて聞くことをしていないからだと最近思うようになりました。

まずは、相談者の意見や考えを十分に聞く。

その上で、自分ができる話をしていく。

そうすることで行き違いを生むことも少なくなるのではないかと思います。

それにしても、インターネットの情報というのは…、困ったものがあります。

宗旨建立会

本日は宗旨建立会を奉修しました。

謹んで宗旨建立会の御報恩謝徳を申し上げました。

総会に引き続き御参詣をいただき本当にありがとうございました。

法話では「富木殿御書」建治3年8月23日についてお話をしました。

この御書では信仰の疑問に対して、簡単に答えを示さず、夜は眠りを絶ち、暇を止めて案じなさい、考えを巡らしなさいと大聖人様は御教示になられています。

信仰においてではなく、日々の生活の中でも大事なことと思います。

自分自身で長い時間考え、試行錯誤しながら答えを模索していく。

今の時代にはなかなか合わない考え方かもしれませんが、本当の答えを知ろうと思うなら必要な過程ではないかと思います。

あえて富木常忍にこのことを示された大聖人様の意図を十分に汲んでいかなければと思います。

お言葉

汝只 正理を以て前とすべし。別して人の多きを以て本とすることなかれ。
   『聖愚問答抄』

【訳】汝はただ正理をもって判断の基準とすべきである。とりわけ人の多きをもって判断してはいけない。

人が多いから正しいのか? 立派なのか? そのようなことはない。真実は多くの場合、人に受け入れられない。だからこそ、人の多さで物事を判断してはいけない。

法華講総会

本日は法華講総会を開催しました。

雨天の中ですが、ご参詣の皆様とほのぼのとした雰囲気の中、楽しい総会となりました。

信徒同士の交流を向かめる目的もある総会ですが、今年の総会はそういう意味でも価値ある総会になったと思います。

諸準備に当たってくれた皆様、またご参詣の皆様、本当にありがとうございました。

来年の総会が楽しみです!

お言葉

今末法に入りては教のみ有りて行証無く、在世結縁の者一人も無し。 『教行証御書』

【訳】今、末法に入ると仏の教えのみあって修行も証果もなく、仏の在世に法華経を聴いて縁を結んだ者は一人もいない。

現代で触れる仏教は教えのみであって修行もその果報もない。教えをただ文字として読むだけでは成仏はできない。日常の中で行じてこそ、真の信仰の仏果を得ることができる。

雑記

下記の動画を教えてもらいました。

https://youtu.be/s5wDD_cqU14?si=MgYOBF2Aici4_mZu

なぜ老いるのか?

なぜ命には終わりがあるのか?

大変に深い問題です。

他の生命のあり方を見ると、終わりがあることがある意味の健全な命のつながりを担保していることがわかります。

なのに人間はなぜ老いや死にあらがうのか?

その答えを最後に示してくれています。

なるほど、老いるものにも役目がある。

とても興味深い見解でした。

それにしても、こういった講義を簡単に見ることができるのは本当に良い時代だと感じます。

誓願題目講

本日は誓願題目講を奉修しました。

御参詣の皆様と一時間の唱題行をつとめました。

御参詣誠にありがとうございました。

題目講のように御本尊様に向かい合って唱えることも唱題行ですが、日頃の生活の中で唱えるお題目も大切です。

心の中でお題目を唱えながら、心を落ち着かせ、自分の心に振り回されないように気を付けていきましょう。

ボタンが咲きました。

アカシアの木の下で綺麗に咲いていたのを、飾ってくれました。

お言葉

仏眼をかって時機をかんがへよ、仏日を用て国をてらせ。『撰時抄』

【訳】仏の智恵の眼を借りて時代と機(人々の性質)とを考え、仏の太陽のような光を用いて国土を照らしてみよ。

自分の視点や社会の視点にこだわるのではなく、仏様の視点で世の中を見てみよう。多くの物事が明らかになるであろう。

お言葉

設ひいかなるわづらはしき事ありとも夢になして、法華経の事のみさばくらせ給ふべし。             『兄弟抄』

【訳】たとえどのような難儀なことがあっても、すべては夢であると思って、ただ法華経のことのみ念じられよ。

私たちの一生は一炊の夢のようなものである。現実にとらわれ過ぎずに、まずはお題目のことを念じてみよう。