本日は御経日を奉修しました。
御参詣の皆様と謹んで先祖諸精霊の追善回向を申し上げました。
暑い中の御参詣誠にありがとうございました。
法話では三沢抄についてお話をしました。
大聖人様が信心をたもつための筋目を示された御書です。
何かのついでに大聖人様のもとへ訪ねてこようとした人に、大聖人様は会おうとはされませんでした。
お目にかかりたい思いはあっても、相手の信心のため、ぐっとこらえて会おうとはされなかったのです。
今の私たちも、信心を何かのついでと思うようになってしまうといけません。
信心第一でいようとしなければ、間違った信心、自分本位の信心になってしまうことに十分注意していきましょう。
◇
今日は、法話終了後、防災の日ということもあり、避難訓練を行いました。
本堂で法要中に地震が起きた状況を想定して、地震中、地震が終わってからの動き方を皆さんと一緒に確認しました。
是非ご自宅でも確認していただきたいと思います。
自分の命を助ける動きが、他人の命を助けることになります。自分だけの命と思わず、ぜひ確認をお願いします。
本日は御経日を奉修しました。
御参詣の皆様と謹んで先祖諸精霊の追善回向を申し上げました。
また、先に発生した熊本大地震の物故者の追善回向と、復興をご祈念申し上げました。
暑い中、御参詣いただき誠にありがとうございました。
今回は『松野殿御返事』を拝読しました。
本抄では、無常の世にありながら財産や名聞名利に執着し、仏法をなおざりにする人々の姿を厳しく誡められています。
大聖人は「三界は安きこと無し」との経文を引き、人の命ははかなく、この世は苦しみに満ちていることを示されました。
また、ご自身が迫害を受けながらも法華経を貫いた姿をもって、法華経の行者の在り方を明らかにされています。
周囲の非難や困難に惑わされず、無常を深く見つめ、生死を救う妙法を第一として信心を貫くことこそ成仏への道であると教えられています。
一説には松野殿はこの年に亡くなられたと伝わります。
もしかしたら病気を患っていたのかもしれません。
その状況を踏まえた上で本抄を拝読しなおすと、また違った見え方があると感じます。
本日は御経日を奉修しました。
御参詣の皆様と謹んで先祖諸精霊の追善回向を申し上げました。
今日は朝から雨がたくさん降っていましたが、足下の悪い中も深信の御参詣誠にありがとうございました。
法話では「崇峻天皇御書」についてお話をしました。
信心における重大な御金言のオンパレードのような御書になりますので、逆にお話をするのが難しいほどです。
有名な、
蔵の財より、身の財、身の財よりも心の財
が説かれます。
この心の財には続きがあって、
心の財をつませ給ふべし
とありまして、心が財だけではなく、心に財を積むことが大事。
つまり行を積みなさいということを教えてくださっています。
ただ心が大事というだけではなく、信心における不断の努力の大切さを示して下っています。
本日は御経日を奉修しました。
朝から厳しい暑さとなりましたが、御参詣の皆様と謹んで先祖諸精霊の追善回向を申し上げました。
御参詣いただき誠にありがとうございました。
法話では、『曾谷次郎入道殿御返事(旧名曾谷入道殿御返事)』についてお話をしました。
法門が非常によくできる曾谷次郎に対して、お題目の大事さを説かれた御書です。
大聖人様の法門は修行ということをとても大事にされます。
ただ法華経を学ぶだけでは真の仏法を得ることはできず、唱題をすること、御本尊様に対する信をもって、はじめて法華経も学ぶことができると示されます。
とても大事なことです。
行が疎かにならないように気を付けてまいりましょう。
本日は御経日を奉修しました。
朝から天候が不順でしたが、御参詣の皆様と謹んで先祖諸精霊の追善回向を申し上げました。
御参詣いただき誠にありがとうございました。
本日は月例の御経日ですが、大行尊霊の祥月命日でもあります。
謹んで南条時光殿への追善回向も申し上げさせていただきました。
法話では、「四条金吾殿御返事」建治3年8月頃についてお話をしました。
御書中、
大聖人様は自分自身は仏に成ることしか祈らないけれども、四条金吾よ、あなたのことはいつでも万事上手くいくように祈っています
とございます。
四条金吾はこの時大変苦しい状態でありました。
その時に、先のような言葉を賜り、涙が止まらなかったことでしょう。
私たちも御本尊に向き合ったとき、大聖人様はいつも私たちのことを祈って下さっていると思うと、本当に有難く思います。
仏様の慈悲を身に感じ、信心に励んでまいりましょう。
本日は御経日を奉修しました。
朝から雨となりましたが、御参詣の皆様と、謹んで各家先祖所領の追善回向を申し上げました。
御参詣誠にありがとうございました。
法話では、「四条金吾殿御返事」についてお話をしました。
「頼基陳状」とセットになるお手紙です。
四条金吾は、建治3年の6月に、三位房と一緒に竜象房という天台宗の僧侶と法論をします。
法論には勝ちましたが、これをきっかけとした事件に巻き込まれ、領地没収となってしまいます。
そこからどう立ち直っていくかというのが、これより四条金吾に与えたお手紙の数々で具さにわかっていきます。
いかに大聖人様の心配りが素晴らしいかと、激情家の四条金吾が一方でとても素直に大聖人様の御教導を聞き入れていく様子が分かります。
こうやって四条金吾の姿をみると、人生にはどうしても躓いたり転んでしまったりすることがありますが、そこからどう立ち直っていくか、そこを支えてくれるのが本来の信心ではないかと感じます。
転ばないように祈ることも信心の一つだと思いますが、転んでから起き上がるときに支えとなってくれるのも信心です。
また、四条金吾以外にも三位房や竜象房を反面教師として学ぶことがたくさんあります。
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この時期の雨は肌寒さを感じますね。
でもソメイヨシノが各所で花開いています。
良い季節です。
本日は御経日を奉修しました。
御参詣の皆様と謹んで先祖諸精霊の追善回向を申し上げました。
御参詣いただき誠にありがとうございました。
法話では建治3年5月2日の上野殿御返事についてお話をしました。
端午の節句にあわせてお父様の供養を申し出た南条時光殿に対する返状です。
お祝い事があるとき、そのお祝いは先祖あればこそと思って追善回向に励む。
このような精神性は現代では失われつつあります。
誕生日やお祝い事があるとき、その人におめでとうはもちろん、その人がある今は先祖あればこそとの思いを巡らしてもらえるようになったら素晴らしいことと思います。
南条時光殿はこのとき二十歳そこそこです。
のちに熱原法難で大活躍する南条時光殿の信心はこういう基本的なところにあるのではないかと思います。
◇
今日も暖かい一日でした。
法要終了後はお寺で採れた冬野菜のお味噌汁をいただきました。
体が温まりました。
本日は、御経日ならびに節分会を奉修しました。
御参詣の皆様と共に、先祖諸精霊の追善回向を申し上げるとともに、節分会の御祈念を申し上げることができました。
皆様には寒い中深信に御参詣誠にありがとうございました。
皆様に「福は内」と豆をまいていただき、和気藹々と豆を拾うことができました。
ご挨拶では鬼子母神についてお話しをしました。
鬼子母神は十羅刹女をはじめとする500、または1000、一万の鬼の母親とされます。
人の子を喰う鬼で、子どもをさらわれて困っていた街の人々が釈尊に相談します。
釈尊は、鬼子母神の末の子を隠します。
街の人々はそんなことをしても鬼子母神にはたくさん子どもがいるからと思っていましたが、鬼子母神は狂ったように末の子を探し始めます。
そして、7日間探し回り、それでも見つけることができなかった鬼子母神は、釈尊に助けを求めます。
そこで、釈尊は、隠していた子どもを鬼子母神に返し、自分の子がいなくなって悲しいのなら、他人の子もさらってはいけないと訓戒します。
この訓戒をよく聞き入れ、鬼子母神は善神になったと伝わります。
こんな当たり前の話と思うかもしれませんが、私たちも他人にされたことは覚えているのに、自分がしたことは覚えていないということがあります。
いじめの問題などがそうです。
被害者は心の傷として深く思い悩むのに対して、加害者はそもそもいじめた記憶すら無いということがあります。
決して鬼子母神のことを他人事と思ってはいけないという訓戒です。
◇
今日の朝はとても月が綺麗でした。

本日は御経日を奉修しました。
御参詣の皆様と謹んで先祖諸精霊の追善回向を申し上げた次第です。
御参詣いただき誠にありがとうございました。
法話では「道場神守護事」についてお話しをしました。
なにか不安な状況にある富木常忍に法華経の信心が堅固であるものは必ず諸天善神が守護してくれるから心配することはないと励まされているお手紙です。
大聖人様のあたたかいお心を感じることができるお手紙です。
私たちは何か困ったときに祈りを捧げるものです。
人間の性とも呼べると思います。
ただ、このお手紙ではもう少し踏み込んで、日頃の信心があれば、特別に諸天善神の守護を願わなくても、自ずと諸天善神は守護してくれると御教示です。
これは、何か困ったときの信心ではなくて日頃からの信心が肝要なのだと思います。
日々、信心に励むことが何よりも大事なのです。
◇◇
明日以降寒さが厳しくなるようです。
くれぐれも大事にお過ごしください。
本日は、御経日を奉修しました。
御参詣の皆様と謹んで先祖諸精霊の追善回向を申し上げました。
肌寒い中の御参詣、誠にありがとうございました。
法話では、『松野殿御返事』の後半部分についてお話しをしました。
大聖人様は、法華経の信心は素晴らしいと示されますが、決して簡単ではないと説かれます。
いろいろなことに気を付けて、よく学び、よく精進することを求められます。
それでも成仏は難しいんだと念押しをされるほどです。
現在の何でも簡単に手に入れることができるという風潮とは、全く違います。
考えてみれば、簡単に手に入る物などこの世の中にはほとんど無く、あったとしても小さな事ばかりです。
本当に大事なことを得ようと思うなら、性根を入れて精進しなければなりません。
『松野殿御返事』は大事なことをたくさん説かれている御書です。
是非御拝読ください。
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