本日は、御報恩御講を奉修しました。
御参詣の皆様と、謹んで宗祖日蓮大聖人様への御報恩を申し上げました。
御参詣頂き誠にありがとうございました。
法話では、宝軽法重事についてお話をしました。
依法不依人は、法に重きを置く教えです。
これは現代の法治主義や法の支配という考え方にも通じると思います。
支配というと強い感じがありますが、人間が間違える存在であるという前提にすれば、人の上に法をおいて、法の下に社会を構成するというのが法の支配になるでしょう。
人類が歴史上、知恵を出し合って、また悲惨な経験を通して、なんとかひねり出したのが、この法と人との関係です。
もちろん、メリットデメリットはあるわけで、法により支配は法そのものを問うていくことも必要です。
そして、人間が考えた法律と、森羅万象の真理を顕した仏法を同一視することはできません。
ただし、構造として法が重い位置にあるという共通点があると思います。
人も仏も、仏法があることによって成仏した。
法は重いんだ。
という考えを大聖人様は鎌倉時代にして、世間へと主張していたということになります。
依法不依人の信心を私たちもしていますから、あの人はどうだとか、この人はどうだと、人で判断せず、法で判断していく視点を忘れてはいけないと思います。
「吾妻鏡と鎌倉の仏教」著菊池大樹に持経者の定義について次のようにあります。
「経典を記憶して忘れず、とくに暗誦する修行者」39ページ
この持経者に関しては、さまざまな経典や陀羅尼を持経する事例が残されているそうです。
その中でも特に法華経が多数を占めるとあります。
特に平安時代後期になると在家の人物にも法華経信仰に傾倒する人が現れるようになるとあります。
その代表例として頼朝が挙げられています。
大聖人様が示される持経とは、暗誦するだけでなく、もっと踏み込んだ色読ということがありますが、改めてこのような定義が挙げられると持経者のイメージが沸きやすいですね。
人工知能は、膨大な情報を学ぶことで、実に多くのことをこなせるようになっています。
近年では、膨大な情報をもとに予測を行い、まるで人間の知能のようにふるまう。
さらには、創造性さえ示すことができるという見解もあります。
しかし、それを素直に「知能」と呼んでよいものか…という議論もあります。
仏教では、法身・報身・応身という三つの身があります。
法身は真理そのものであり、もしこれを「知識」とみなすなら、
応身はその知識を実際に現す「体」、
そして報身は、知識と体をもって生きた働きとする「智恵」であると言えるでしょう。
つまり、仏教では「知識」と「智恵」は異なるものと考えます。
では、「知能」とは何でしょうか。
それは膨大な知識による予測のことなのか。
それとも、知識に情念や身体性を重ねて、初めて働きとして現れる智恵のことなのか。
「そんなのは定義の問題でしょう」と片づけてしまうには、
あまりにも深い問いのように感じます。
今日で秋の彼岸の期間も終わりとなりました。
すっかり秋らしく…とはならず、今日はうっとうしい暑さとなりました。
本日、ご参詣された方は、なかなか彼岸の期間も休みが取れず、ようやく時間が取れてご参詣されました。
「やっと参詣できました」
とホッとしたご様子でした。
お彼岸は春といい、秋といい、農耕も少し落ち着く時期で、本来であれば、少しゆっくりできる期間です。
でも現代社会はそれを許してはくれません。
休むことの大事さが今になって言われていますが、上手に休む、横になるという意味以上の身心の休みということが現代人はもっと必要だと思います。
いずれにしても、暑い季節がおわり、彼岸がきてくれて本当に良かったと思います。
ご参詣の皆様には本当にありがとうございました。
本日は御経日を奉修しました。
御参詣の皆様と謹んで先祖諸精霊の追善回向を申し上げました。
今日は朝から冷え込みが厳しかったですが、ご参詣頂き本当にありがとうございました。
法話では、「下方他方旧住菩薩事」についてお話しをしました。
御消息文の御書ではありませんが、大聖人様が富木常忍に法門を教えるテキストとして使われたと推測される御書です。
師弟が相寄って行学に励む様子がよくわかる内容です。
信仰といえば、世間では願いが叶った叶わないというようなものとして扱われますが、本当の信仰の喜びは「学ぶ」というところにあるのではないかと思います。
大聖人様と富木常忍の交流にはとてもあたたかいものを感じます。
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寒暖差の激しい日々です。くれぐれも大事にお過ごしください。
吉川英治さんの新・平家物語は読んだことがありましたが、今回NHKで「人形歴史スペクタクル 平家物語」が再放送されていました。
1993年から95年まで放送されていたものだそうで、その時には見ていなかったのですが、30年経った今見ても、非常によくできた作品でした。
原作もそうですが、かなり研究も進んでいるので、史実とは言えない部分も多くあります。
しかし、物語でなければ語れない部分もあって、それこそ平家物語に漂う無常観がよく現れていたと思います。
平家の勃興衰退が描かれるのですが、むしろ源氏の衰退がこの物語の後にあることを思うと、我々が生きている社会はいつでも諸行無常だということを考えさせられます。
特に平安時代末期から鎌倉時代はある意味残酷な時代なので、逆に人形劇だからこそ表現できるものもあったように感じます。
この物語から数十年後に大聖人様はご誕生遊ばされるのですが、親殺し、子殺し、兄弟での争い、裏切り、強欲、儚さ、空しさが溢れる社会で、それでも人としてどう生きるかを求められた大聖人様とは、やはり希有なご存在であったのだと改めて思います。
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