本日、ご自宅にお伺いして御経を唱えていると願主の方がお孫さんを紹介してくれました。
まだ10ヶ月ですが、とてもしっかりしていて、本当に可愛いお子様でした。
お母様から最近の子育ての難しさなどを聞いて、助けてを言いにくい、孤独な時代となっていることを痛感しました。
子どもをみんなで育ている社会。
子どもをみんなで見守る社会。
自分の子、他人の子、関係なく。
小さな命を見ながら、そういう社会でないといけないなと改めて思いました。
本日は、寺院清掃でした。
朝から大変な暑さとなりましたが、御尽力本当にありがとうございました。
汗をかきながら、一つ一つ丁寧に清掃をしてくださいました。
寺院はみんなで護るところ
ということを寺院清掃ではいつも実感しております。
▢▢
津波が発生し、被害状況を心配しています。
ロシアの方を含め、多くの被害が出ないことを祈っています。
日本の歴史を学ぶ上で避けて通れないのが元号です。
最近の本は西暦と併記してくれていますが、古い本になればもちろん西暦がありません。
古い本も言っても昭和初期くらいの本から結構併記されていません。
それゆえにだいたいどのくらいの年数なのかを把握するには慣れが必要で、慣れるまではとにかくいちいち調べるしかありません。
そう思っていたのですが、高校の歴史の先生が、
元号に慣れるには、まず元号の表になってるものをじっと眺めなさい
と教えてくれていたことをふと思い出しました。
それで元号の表をと思っても、なかなか表になっているものがないのですが、非常に今更ながら、
https://ja.m.wikipedia.org/wiki/%E5%85%83%E5%8F%B7%E4%B8%80%E8%A6%A7_(%E6%97%A5%E6%9C%AC)
ここに表になっています。
時間のある時に眺めようと思います。
亡くなった人が最初に迎えるお盆をこの辺りでは初盆と呼ぶことが多いです。
また7月末までにはお盆飾りやお供えを準備し終わっているの良いとされます。
また、お飾りは8月いっぱいまで出しておくのが通例であるそうです。
とはいえ、地域によってやり方はさまざまで、町内会ごとに違ったりもします。
初盆も関西以西の呼び名で、関東東北では新盆と呼ぶことが多いそうです。
いろいろな風習が豊かな文化として残っていってほしいと思います。
人生100年時代といわれ、若く元気にと言われますが、人間歳はとります。
歳をとればできないことは増えるし、しかし、世間は若く若くとアンチエイジングを叫びます。
でも、ちょっとそういう流れにみんな疲れてきているんじゃないかなと思います。
そろそろ、歳をとってもいいじゃない、という流れがあっても良いと思います。
◇
若い時ほど動けない。いや、そんなに動かなくても良い。
見えなくなった。いや、そんなに見なくても良いものが世間にはある。
聞こえなくなった。いや、そんなに聞かなくても良い言葉がある。
病気がちになってしんどい。いや、病気で苦しむ人のつらさがわかる。
若い世代に迷惑か。いや、若い世代に歳をとる意味を教えるチャンスがきた。
歳をとった。いや、その分、子どもたちの成長に触れることができるじゃないか。
そうだ、歳をとるって、いいもんだ。
ご近所さんとお話ししていて、子ども達の成長が早いことなどに共感しながら、そのご近所さんが、
まぁ元気でいてくれればいいんです。
と仰っていました。
本当にその通りです。
今後の世の中、どこに向かうか分からないことなどを話しながら、今の失敗を許さない社会が、子ども達を生きづらくさせていることなどに話題が及びました。
エジソンが、
私は失敗したことがない。挑戦して結果できなかったことが何万通りもわかっただけだ。
と言ったそうですが、今の世の中、そういうことをどんどん許さなくなっています。
せめて子ども達の失敗には、そこから学ぶことの大切さを伝えてあげれば、もっと寛容であっても良いのではないかと思います。
しっかりと文章を読むという時に、昔の方がよく行われるのがいわゆる全文写です。
手書きをされたり、最近ではパソコンで入力したりされます。
当山信徒の中にも、本を何冊も入力されている方がいらっしゃいます。
パソコンがない時代、本を買えない時は、仲間同士で協力して各地にある資料を写していったと言われています。
要約されたものだけを読む現代人は、大事なことを学ぶ力を養うことができているのでしょうか。
ここで定義についてちょっと書きましたが、
https://hou-gen-ji.com/?p=5651
宗教以外にも定義をしにくいものがたくさんあります。
意志や心などとそうだと思います。
こういったものは、一つの固定した捉え方がしにくいこともありますが、まだ変化している、発展しているものなどが定義しにくいものではないでしょうか。
逆に定義できているものは、ある意味、変化が終わった、発展が止まったものといえるかもしれません。
そう考えると、宗教が定義しにくいのは、まだ変化しているから、まだ発展しているからとも思えます。
宗教はこの先どんな変化をしていくのでしょうか。
本日は誓願題目講を奉修しました。
御参詣の皆様と一時間の唱題行にはげむことが出来ました。
暑い中の御参詣誠に有難う御座いました。
終了後は、11月の御会式に向けての準備をしました。
まだ7月ですが、毎年あっという間に11月を迎えてしまうので、役員さんと話し合って、今月から始めることにしました。
こういった準備は、どんなにマニュアル化していても、一緒に作業をするしないでは、伝わっていき方が違います。
いろいろな話をしながらの作業はとても楽しい時間でした。
毎月、題目講の後は御会式の準備をしていく予定です。
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