本日は寺院清掃を行いました。
日差しも暖かく、風もあまり吹かなかったので、気持ちよく掃除ができました。
ご尽力頂き誠にありがとうございました。
お茶を飲みながら、映画の話などができたのですが、その中で大聖人様の御尊顔についても話ができました。
今に伝わる御影はどれもとてもはっきりされたお顔をされていますし、伝承ではかなり大柄であったとも伝わりますから、仏教的な大丈夫なお方だったのでしょう。
想像しながらお話しするだけで大盛り上がりでした。

ちょっと聞いた話なのですが、ある会社で若い子に注意をしているときに、その子は先輩の注意をスマホを見ながら聞いていたそうです。
話をしてるときにはスマホを見るもんじゃない
と注意したら、その子はポカンとしていたそうです。
なんでポカンとしているのかを聞いたら、
スマホを見ながら話を聞いてはいけないと言われたことがなかった
と言ったそうです。
その子は社会人生活を始めるまで、そういった注意をしてもらったことがなかったんだと思います。
ある意味可哀想だ
とその方は仰ってました。
確かに、必要な注意は必要なときにちゃんと受けとくべきなんだなと思います。
本日は勉強会を行いました。
引き続き日興上人について学んでいます。
今回は身延離山の経緯がわかる原殿御返事を一緒に全文を拝読しました。
ひとえに大聖人の仏法が弘まることが大事
と自らの思いを胸にしまい、離山されていくそのお気持ちが痛いほど分かる内容です。
また参加された方々からの率直な意見もとても考えさせられました。
ご参加頂きありがとうございました。
トマトの種まきを蒔きました。

蒔いた後ではただの土の表面の写真ですね。。
7〜10にちほどで発芽すると思います。
ところで、この蒔くは、なぜ草冠に時なのか。
いろいろ説があるようです。
ただ昔の人が種を蒔く、苗を植えることに時の意味を寄せたというのは想像ができますね。
時期を外すと芽が出ません。
その時を知る行為が、蒔く、ということでしょうか。
まだまだ寒い日が続いていますが、だんだんと日が長くなっています。
今日の日の入りは、
17:27
だそうですが、6時くらいまではまだ明るく感じます。
岡山は寒くなりますが、この時期でも日中は暖かい日差しがさすこともあり、本当に恵まれた土地であると思っています。
もう少しすると陽の光が春の光に変わってきます。
楽しみです。
題名の言葉を学生の時に学びました。
良き敗者でいなさい。
良き敗者となりなさい。
ということでした。
学生のときにはあまりこの言葉の意味をよく理解できなかったのですが、しかし、それなりにとても心に響く言葉だったことを覚えています。
この言葉には先に
Be a hard fighter
言う言葉が来ます。
この言葉が先に来る事は大人になってから知りました。
意味は
果敢なる闘士たれ
という意味ですが、とにかく一生懸命励みなさいと言うようなニュアンスだそうです。
そして、結果は勝敗がありますが、勝敗は時の運であり、勝敗を求めすぎず、例え負けたとしても、潔良き敗者であれということです。
歳を重ねるにつれ、敗者となる場面は、別にスポーツなどをやっていなくても多くあります。
むしろ本当の意味での勝者と言うのは、人生の中では無いのかもしれません。
日蓮大聖人様は
よからんわ不思議、わるからんは一定
と仰せです。
うまくいかないことがあったり、だめな1日があっても、それでも腐らず、日々を生きていくこと、それが人生の中でどれだけ大事なことか、大聖人様は教えてくださっているんであろうと思います。
踏み込み温床ですが、順調に温度が上がっています。

朝には温度が上がりすぎて、種を蒔くポッドの土の温度が40度位になっていました。
もう少し温度が落ち着いてから種を蒔こうと思っています。
◇
今日、参詣された方と人間性について話をしました。
歳をとってから穏やかに過ごすことができる人は、若い時から人間性を整えていると言う話でした。
確かに若い時と歳をとってからの時間はつながっています。
今できない事は将来もできないので、若い時から自分の人間性を省みると言うことを大切にしなければいけないのではないでしょうか。
聖人君主のように生きる事は難しいですが、毎日ありがたいと思って生きていきたいものです。
プロのスポーツ選手の話などを聞くと、自分の体との対話を毎日繰り返しているということがよく分かります。
外から入れてくる情報も大事なのですが、そもそも自分との対話が必要ということなのでしょうか。
いざ自分に向き合ってみると、思っている以上に分からないことが多く、また日によっても自分というのは変化しますので、その変化になかなか追いつけないということがあります。
それなのに自分と向き合い続けなければいけないというのは、非常に孤独な作業であると感じます。
信心をする上でも自分との対話をするのですが、幸いに仏様を通して自分を省みますから、それほど孤独感を覚えることはありません。
信心のあたたかみは、こういうところにもあると思います。
本日は誓願題目講を奉修しました。
御参詣の皆様と1時間の唱題を行いました。
寒い中の御参詣誠にありがとうございました。
日蓮大聖人様の教えは、今この瞬間に成仏を目指す教えです。
世間では亡くなったら自動的に仏に成ると考えられていますが、なぜ自動的に仏に成ることができるのかとは考えないようです。
ある意味、慣習となってしまっています。
しかし、なぜ自動的に仏に成るのか?そんなことはないのではないかと思えたとき、大聖人様の仰せである、今の成仏ということが大きな意味を持ってきます。
今この瞬間に成仏していく、その積み重ねが亡くなった先の成仏に繋がる。
だからこそ、いつか、ではなく、そのうち、ではなく、今修行としてお題目を唱えていくことが大事です。
本年も共にお題目を唱えていく一年にしていきましょう。
今年も温床を準備しました。

今年の温床は見ての通り?、見て分からないですよね、踏み込みを行いました。
例年踏み込みを行わなかったのですが、それは温度がなかなか上がりきらないためでした。
でも、この二、三年はわりと温度を上げることができている一方、今度はその温度を持続させるのが難しかったのです。
そこで、踏み込みを行いました。
温床の中では発酵が起きることでその熱を利用します。
この発酵には好気性と嫌気性があり、最初は好気性発酵をさせてしっかり温度を上げて、次に嫌気性発酵でその温度を持続させていきます。
その嫌気性発酵に踏み込みが欠かせないということです。
この時期、当地でも朝晩がかなり冷え込むので、どうなるか分かりませんが、試してみないとわからないので、今年はトライしてみました。
さて、どうなるでしょうか?楽しみです。
最近のご意見