雑記
人工知能は、膨大な情報を学ぶことで、実に多くのことをこなせるようになっています。
近年では、膨大な情報をもとに予測を行い、まるで人間の知能のようにふるまう。
さらには、創造性さえ示すことができるという見解もあります。
しかし、それを素直に「知能」と呼んでよいものか…という議論もあります。
仏教では、法身・報身・応身という三つの身があります。
法身は真理そのものであり、もしこれを「知識」とみなすなら、
応身はその知識を実際に現す「体」、
そして報身は、知識と体をもって生きた働きとする「智恵」であると言えるでしょう。
つまり、仏教では「知識」と「智恵」は異なるものと考えます。
では、「知能」とは何でしょうか。
それは膨大な知識による予測のことなのか。
それとも、知識に情念や身体性を重ねて、初めて働きとして現れる智恵のことなのか。
「そんなのは定義の問題でしょう」と片づけてしまうには、
あまりにも深い問いのように感じます。



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