痛み
以前、養老孟司さんの講演で、
人生において痛みに対して意味づけができることは、とても重要なことで、宗教や哲学など様々な物事が取り組んできた
というようなことを仰っていました。また、ヴィクトールフランクルのことにも触れ、痛み、苦難、その受容についても大変重要なことだと仰っていました。
その上で仏教の四苦八苦は特異な受け止め方でもあることを指摘されていました。
現代は痛みに対して、回避の方法を示すことはありますが、何かしらの意味づけはできているのでしょうか。
意味づけすること自体が無駄なのでしょうか。

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