本日は勉強会を行いました。
先の大戦の中でも信仰を守り抜いた方々について、話し合いました。
戦争という極限状態において、その人間の行動を決めるのは結局のところ日頃の生き方によるというのが、この日話し合った結論でした。
これだけ世の中が騒がしくなれば、実際この先どのようなことが起こるか分かりません。
でもそれを心配しすぎてもいけません。
日常をちゃんと生きよう。
大変勉強になりました。
河合準雄氏が「神話と日本人」の中で、日本人が大切にしてきた情感に深い悲しみがあって、そのことを、
このような根源的な「悲しみ」を「原悲」と呼んでみてはどうであろう。ユダヤ・キリスト文化の根本に「原罪」があるのなら、人間と自然とのつながりを切ることのない文化の根本に「原悲」があると言えないだろうか。
前掲書P98
と仰っています。
とても興味深い指摘だと思いました。
もちろん、ユダヤキリスト教などの文化に悲しみがないわけではありませんが、日本文化の根底にもの悲しさがいつもそこにあるように思います。
読んでいる本に
劾る
とありました。
ガイル?
と、なにかのキャラクターの名前のような読みである…わけがないので、調べてみると…、そう、その
しらべる
という読みがあるそうです。
この字は
弾劾
という熟語くらいでしか知らなかったのですが、この弾劾、なにか突き上げるような意味だと思っていましたが、そもそも
罪や不正を調べ上げて公開し、責任を問うこと。
Oxford Languages
という意味があるそうです。
思いがけず時事問題に関わるようなことでビックリでした。
学習方法の変化が2000年以降、技術の進歩とともにどんどん変化しています。
動画コンテンツが気軽に利用できるようになると、本や文章からではなく動画から学ぶ方法が普及しました。
そして今後はAIと対話形式で学習する方法が普及し始めています。
確かに現在のAIとの対話は決して機械的なものでは無いので、まるで先生や友人と会話しているような気分で学ぶことができます。
ただいろいろ問題点もあって、インターネット上に情報の少ない事柄に関しては著しく不正確な回答を示したり、また、人工知能を動かすために膨大な電力を必要とするため環境破壊につながる懸念があるとの指摘もあります。
学びが増えた時代になりましたが、本一冊、鉛筆一本でどこでも学べた時代とどちらが良いのでしょうか。
今日、御信徒とお話をしていて、もう一度大聖人の御金言をしっかり学んでいきたいという言葉を聞くことができました。
大聖人様以外の方の言葉でも自分の人生を支える言葉になっているものは誰しもにありますが、しかし、巡り巡って御金言に立ち戻ってくると、感慨深いものがあります。
もう一度学んでみたいと思われたその気持ちがとても嬉しいです。
御金言はすぐに意味が分かり切らないものがあります。
でもそこは焦らないで欲しいと思います。
じっくりとその意味を考えることも大切な学びです。
自分の人生に落とし込んでみたり、社会の見方として捉えてみることで、いろいろと感じるものがあるはずです。
ゆっくり学んでいってください。
最近は日が暮れるのがめっきり早くなりました。

外で作業をしていると、いつの間にか日が暮れます。
あんまり暗い中で穴を掘っているのもちょっと不気味なので(笑)、あまり長い時間外の掃除などができません。
水仙の植え替えをしたのですが、掘り返してみると思った以上に球根が増えていました。
ちょっと時期違いの植え替えですが、植えていたところを整備し始めたので、ごめんねと言いながら植え替えをしています。
古い文章に、
若爾
と読める字がでてきました。崩し字なもので、はっきりしたことはわかりませんが、若爾と読めます。
辞書で調べて見ると…、よく分かりませんでした。
でもどうみても若爾とあります。
こうなると、そうしか読めなくなってくるのでいけません。
若し爾らば(もししからば)
と読むのかも知れません。
またわかりましたら、ここに書きたいと思います。
葉ボタンの成長具合ですが…

間に合いませんでした。
お正月までにものすごく大きくなることは…ないですよね。。
販売している葉ボタンが如何に立派に生長しているかがわかります。
農家の皆様、本当にありがとうございます。
テレビなどで、偉人の特集があるときに、「その偉人にはこういう面があるのに…」というように、放送内容に不満がある人がいるそうです。
私も全く不満のない放送というのには滅多に出会わないのですが、とはいえ批判するほどでもないように思います。
そもそも偉人の人生を短い時間で語り尽くせるわけがないですし、偉人の人生の中には既存のメディアでは語ることができない部分もあるはずです。
こういったことはインターネットの解説にもいえることで、一つの解説記事で満足しない方がいいですね。
読んでいる本の中で、
隗より始めよ
が出てきまして、その説明をしようと思って調べ直してみると、以下のサイトがとても分かりやすかったです。
https://shingakunet.com/journal/exam/20201124000002/
身近なところからはじめなさい。言い出したものから始めなさい。というような意味で使われますね。
故事とはいえ、なかなか大胆な話です。
郭隗 (かくかい) は相当な自信があったのだと思います。
感じに自信の無い自分は、「貝より始めよ…」という字を想像する始末です。
最近のご意見