Posts By hougenji

中秋の名月

今日は中秋の名月。

とても美しい月でした。

ただ、どうも満月に見えません。

中秋の名月は満月だろうと勝手に思い込んでいたのですが、どうも違うようです。

https://weathernews.jp/s/topics/202409/160225/#:~:text=中秋の名月=,日」と決まっています%E3%80%82

驚きました。勝手な思い込みというのは間違えのもとですね。

宗祖は月に月天子を観ていらっしゃったと伝わります。

確かに月をじっくりみると不思議な感覚を覚えます。

たまには夜空を見上げることも大事です。

雑記

今日改めてこのホームページを見返してみると、作成されたの2014年の5月のことで、10年以上経っていることが分かりました。

最初の記事は下記の通り。

恥ずかしながら10年も経っていることに気がつきませんでした。

10年経っても特に成長の無い?ホームページですが、続けることの大事さを感じています。

今後も更新を続けていきたいと思っております。

早口言葉

こんな本がありました。

https://www.amazon.co.jp/にわには二羽ニワトリがいる-がっこう早口ことば-ながたみかこ/dp/4811331044

実際に言ってみると…全然言えません。

以前にベテランアナウンサーが、滑舌のトレーニングのために、寝ながら大きな声で新聞を読むということを行なっていると聞きました。

確かに話す機会が少なくなる、そもそも話す筋力が落ちて、思うように話せなくなるそうです。

上手に話すのもトレーニング、いや、何事もトレーニングだなと感じます。

そういう意味では早口言葉は大人も楽しんでトレーニングできるものだと思います。

雑記

久しぶりの恵みの雨が降り出しました。

夕方の室内の気温でもこのような感じなので、この雨で気温も少し落ち着いてくれるかと期待しています。

今年の中秋の名月は、

9月17日(火)

にあたるそうです。

なんだか汗をかきかき、月を愛でるお月見になりそうです(笑)

科学

宗教と科学は対立する、そういう視点で描かれた作品は多数あります。

前時代には確かに対立の構造はあったのでしょうし、一部の宗教では現在でも対立する傾向にあります。

こと仏教においては科学と対立する理由などありません。

なぜなら森羅万象をしずかに観察することで、人を含めた全ての物事を探求していくからです。

そういう意味では科学との親和性が高いとも言えるかもしれません。

とはいえ、両手で科学を礼賛するのもどうかと思います。

科学が宗教の行き過ぎに歯止めをかけてくれたように、信仰が科学の暴走に待ったをかけることも必要かと思います。

県史

長年読みたいと思っていた岡山県史を手に取って読み始めました。

大変面白く、もっと早く読んでいたら良かったと思っています。(どの分野に対しても同じことを思うのですが…)

ただ、聞きなれない、読みなれない用語が頻出します。私の勉強不足なだけですが..

たとえば、

部民

です。意味は、

部は〈ベ〉とも〈トモ〉ともよむ。日本では大化改新以前に,朝廷あるいは天皇・后妃・皇子・豪族などに隷属し,労役を提供し,また生産物を貢納した人々の集団をいう。

https://kotobank.jp/word/部民-130115#goog_rewarded

です。

意味を調べているうちに県史とは別のことを調べはじめるのは、いつもの通りです。

虹が出ました。

とても綺麗な虹でした。

どこかで雨が降ったのでしょうか。

お寺の周りは相変わらず雨が降りません。。

今日もとても暑い一日でした。

断捨離

断捨離は仏教の教えですよね?

と聞かれることがありますが、断捨離は仏教の教えではありません。

調べると提唱者の名前が出てきたりしますが、ある程度の伝統宗教であれば、つまるところシンプルライフ的なものを提唱しますので、断捨離というのはどこにでも当てはまるようなものだと思います。

断捨離に関する本などもいろいろと出版されているようで、断捨離のススメなどいうことなのだと思います。

基本的には必要ではないものを捨て、必要ではないものを求めないということが大事なのですが、現代社会は如何に必要ではないものを必要であるかのようにイメージさせて個人に取得を促すシステムになっていますから、断捨離をする方も必死にならないと、なかなかできないということがあったりします。

断捨離したものと同じものをまた買いました。せっかく捨てたのに。。

なんていうことも多いようです。

なので、あまり捨てるということを大事にするよりも、まずは身の回りにあるものを大切に使うということからはじめてみてはいかがでしょうか。

磨けるものなら磨いてみる。

ぐちゃぐちゃにおいているものなら、まっすぐ整える。

汚れがついているなら拭いてみる。

そうして、ものを大切に使うと、自分に必要なもの、必要でないものも自然と見えてくるのではないかと思います。

雑記

今日も誠に暑くなりました。

自動車の温度計を見ると、日中は38度とありましたから、まだこんなに暑くなるのか…と思います。

昨年も暑かったということですが、では昨年の今日の気温を調べてみようと思いました。

https://www.data.jma.go.jp/obd/stats/etrn/view/daily_h1.php?prec_no=66&block_no=00&year=2023&month=09&day=&view=p3

こちらを見ると、昨年の9月9日の倉敷の気温は、

32.8度

で、今日の倉敷の気温は、

34.9度

でした。

気温などは一日だけで比較してはいけないのですが、9月は昨年よりも暑い日が続いているようです。

お陰様?で草木もぐったりです。

毎年元気なはずのひょうたんやゴーヤも実も少なく、緑のカーテンにもなりません。

そのような中で、

ハイビスカスと雑草だけは元気に成長しています。

すごいなあと素直に感心しています。

御報恩御講

本日は、御報恩御講を奉修しました。

まだまだ暑さが続く中、御参詣の皆様と大聖人様への御報恩を懇ろに申し上げました。

また、竜口法難会も合わせて奉修し、謹んで御報恩謝徳申し上げました。

皆様には御参詣誠にありがとうございました。

法話では聖人知三世事についてお話ししました。

大聖人様は三世を知る人が聖人であり、真の聖人は法華経の行者であり、その法華経の行者こそ日蓮であると御教示になられています。

私たちは今を生きることで精一杯で、三世の中で生きていることを意識することは大変難しいです。

なぜなら私たちは聖人ではないからです。

それゆえ、三世を見ても、間違って意味づけをしたりしてしまいます。

病気の人がいたら、過去の業がなどと勝手なことを言い出してしまうのです。

私たちは人生において様々な苦難を受けます。

その苦難に対して良い意味づけができるかどうかで人生は変わります。

その意味づけ、過去現在を通して自分をみるためには、三世を知る聖人の御教導にあずかるしかありません。

苦難の人生にあっても真の喜びを見いだされた大聖人様の御教示を学び、三世を生きてまいりましょう。