十二支は子,丑,寅,卯,辰,巳,午,未,申,酉,戌,亥です。
この十二という数、時計も、月も十二なのですが、確か十二は割り切れる数が多いという理由で十二進法が使われるようになったと思います。
でも、その起源は古代エジプトであったと思います。
十二支は中国だと思うので、当時から世界共通として使われていたのでしょうか。
こういう文化と数字の関係って調べるととても面白いですね。

ちょっと機会があって、量子コンピューターのことを調べてみたのですが、大変難しい仕組みで有る事がわかりました…。
コインの裏表ではなく、コインが回転している状態を組み合わせて、とてつもない計算をしていくということだそうです。
でも生物学的には、表裏ではなく、中間地点があるというのは何だかがとても自然なことのようにも感じたりします。
量子コンピューターと呼ばれるものの一方、私たちが使っているコンピューターは、古典コンピューターと呼ばれるそうです。
量子コンピューターのことを調べていても、もう一つ分かったことがありました。
古典コンピューターのこともそもそも分かっていなかったということです(笑)

今年も秋の彼岸の季節となりました。
明日からは彼岸会の法要がございます。
秋分の日を中日をして前後一週間。
この一週間を彼岸と意識してお過ごしになられる方は、今どのくらいいらっしゃるのでしょうか。
以前は、
彼岸の時期じゃけぇ、無駄な殺生はやめようやぁ
なんて会話が聞こえてきました。
仏教的にもそうですが、世間の風習としてのお彼岸も、今一度見直す機会にしてほしいと思っています。

古文書を読んでいると「左而」と出てくることがあります。
これがなかなか読めなかったのですが、先輩に「さて」と読むと教えて頂きました。
かなり特殊な読みなのでしょうか。手元にある辞書には記述がありませんでした。
また何かわかったらこちらで書こうと思います。

菩提心を発す人は多けれども退せずして実の道に入る者は少なし
宗祖御金言
初志貫徹は難しい…
※写真を撮影する前に掲示してしまったので、変な方向からの写真になってしまいました。申し訳ございません。
お言葉のまとめは下記のリンクを御覧下さい。
いろいろな方とお話ししていると、本当にいろいろな意見があるなぁと改めて気付かされます。
何を当たり前のことを言っているのだと思われると思いますが、そのことに気付くためにはやっぱり対話が必要では無いかと考えています。
自分一人で考えているときは、いつの間にかみんな同じ考えでいるのではないのかと錯覚を覚えやすいと思うのです。
対話をすると、その時その時でそれなりの答えらしきものを出したりはするのですが、その後心の中で反芻をしていくことになります。
また対話をすることではじめて自分の中にある意見や考えに気付くことがあります。
準備されていない何でも無い会話がとても大事だと本当に思います。
年が明ける前に手帳のカレンダーを新しくするのですが、いつも参考にしているのが下記のサイトです。
https://www.arachne.jp/calendar/
印刷もしたりして、とても助かっています。
サイト内には旧暦カレンダーもあるので、大聖人様の御事績を現代に照らし合わせるのにもとても役立っています。
旧暦って面白いですね。
ときには一年が十三ヶ月になったりしますが、それでも季節感は旧暦の方があっている気がします。
漁師の方と話していると現在でも旧暦で生活をされているので、自然相手には旧暦の方があうのだと思います。
最近のご意見