植物に関する本を読んでいると、植物がいかに積極的に、戦略的に活動しているかがわかります。
まさに動いているという感じです。
植物はその場をほとんど動きませんから(地下茎の植物はぐんぐん移動しますが)、何となく動的なイメージがありません。
これがもしかしたら、仏教で有情と非情を分けるゆえんなのかなと思います。
確かに植物に人間的な情動を見ることはできませんが、人が心を寄せて、植物に心を観ることもできますし、植物のダイナミックさを感じると、有情非情を超えたものを考えさせられます。
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