雑記

葬儀を捉えるかということは、宗派によっても違いますし、そのお寺さんによっても違います。

臨終する人、その臨終を送る人、それぞれに捉え方も違います。

ですから、これが葬儀である、こうでなければならない、と断定的に言うことは、思っている以上に難しい事だと感じています。

葬儀をしないという人も出てきて、そういう人は、死後の世界などの関心は少ないのでしょうし、関心を持っているといっても既存の形式にはよりたくないという抵抗感もあるんだと思います。

ただ、葬儀は送る人のためにあるという考え方は、やっぱり納得できません。

送り人のメリットがあるから葬儀をするということであれば、結局葬儀という儀式は廃れていくように思います。

臨終を迎えた方の、その魂(魂魄というだけでなく、その方の思い、情念など広い意味での魂)のために手を合わせるという、見返りを求めない心があればこその葬儀では無いでしょうか。

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