Posts By hougenji

雑記

境内地の整備をするときなどは軍手をしますが、最近は手を動かしやすい手袋も増えてきました。

気持ちよく、かつ安全に作業ができますが、しかし、手袋をつけるだけで、紐が結べなかったりします。

手袋をつけていなければ、紐を結ぶくらいは難なくできますが、手袋一つで随分と違います。

よく障がいのある方は健常者が〇〇をしている状態というようなことを聞きますが、手袋をしている状態がそれと同じなら本当に不便だと感じます。

当たり前にできていたことが出来なくなる、実感してみると本当に辛いことだと思います。

説法に感動は必要なのか

最近、何につけても感動が求められるようになったと感じます。

説法にも感動する話が求められるようで、何か涙を流すような話が好まれるということを聞きました。

確かに演出の一環として感動を入れ込むということがあるとは思いますが、それが説法に必要だろうかとも思います。

感動させることを目的にした話などを見たり聞いたりすると妙に冷めてしまうようなこともあります。

仏教は物事の真実の姿を求めるものですから、時には厳しく、ある意味虚しさを感じる場合もあります。

ただ、お話ししていると、こちらが意図せずとも

感動しました

という言葉をいただくことがあります。

それは熱量とかの類いによるものかもしれません。

感動させることが目的の説法よりも、結果的に感動できた説法でありたいなと思います。

大学4年間の宗教学が10時間でざっと学べる

ご信徒や一般の方から宗教の違いや特徴などを聞かれることは結構あるので、概論などはよく見るようにしています。

下記の本は、概論として触れるにはとても分かりやすいと思いました。

大学4年間の宗教学が10時間でざっと学べる

https://www.kadokawa.co.jp/product/321809000714/

あまり詳しく説明はありません。

むしろ詳しい説明を上手にはぶき、図などを使って、掴んでおきたい部分を明確にしてくれています。

概論ですから、一冊読めば良いというものではなくて、何冊か読んでもらうのが良いと思いますが、この本は手に取りやすいのではないかと思います。

勉強会

本日は勉強会を行いました。

前回に引き続き日興上人について学んでいます。

まだ幼少期から青年期に至るまでにところですが、いわゆる厳格なイメージとは違った、公平に物事をみるお姿を想像できました。

どんな偉人も一つの固まったイメージで捉えられがちですが、じっくりその人について学んでいくと、さまざまな側面に気づくことがあります。

学びの喜びの一つに、人を知ることができるということがあると思います。

⬜︎⬜︎

雨が少し降るようになり気温も落ち着く時がありますが、その分夏の疲れが出てしまう方もいらっしゃるようです。

あまり体を冷やさずに、体をやすめるようにしてください。

粧い

読めなかった字です。

粧い

文章内では

粧ひ

で出てきたのですが、読みは

よそおい(よそほひ)

でした。

意味は

身なりや外観を整えること、またはその姿を指します。また、美しく飾るという意味や、風情、準備するという意味

です。

化粧もこの字を使いますね。

古典では、年齢は…というニュアンスの使い方もあるようです。

久しぶりの雨

今日は当地でも久しぶりの雨となりました。

梅雨が明けてからほとんど雨らしい雨は降っていなかったので、半月は雨を見ていませんでした。

気温も久しぶりに30度を切ったと思います。

雨の降りはじめは地面が熱くなっていたからでしょうか、とても蒸し暑くなりましたが、昼過ぎには蒸し暑さも落ち着いたように思います。

まさに恵みの雨ですね。

夕方に散歩をすると草木もすっかり元気を取り戻した感じです。

御報恩御講

本日は御報恩御講を奉修しました。

謹んで宗祖日蓮大聖人様への御報恩謝徳を参詣者一同で申し上げました。

皆様御参詣、誠にありがとうございました。

法話では、『破良観等御書』についてお話しをしました。

後半部分では大聖人様の半生が語られます。

12歳で日本第一の智者となしたまえと虚空蔵菩薩に願を立てたと仰っています。

12歳ですから、やはり常人ではないお志があったのであろうと思われます。

また依法不依人の精神を若いときからお持ちであったことも語られています。

人で判断しない、法で判断する。

しかし、世間は人で判断することを心のどこかに留めておく。

大切な御教導です。

◆◆

本当に暑い日が続いています。

くれぐれも大事にお過ごしください。

御逮夜法要

本日は御逮夜法要を奉修しました。

謹んで宗祖日蓮大聖人様への御報恩謝徳を申し上げました。

夕方になっても暑さは変わらない中、御参詣誠に有難う御座いました。

法話では「破良観等御書」についてお話をしています。

この御書が与えられたのは光日尼です。

光日尼には弥四郎という息子がいましたが、彼は武士であることに悩み苦しんでいました。

自らの罪業に目を向けると怖ろしくなることがあります。

弥四郎は罪を意識し、その上で成仏を願っていました。

私たちも多くの命によって支えられて、生きることができています。

その命の分も、成仏を願って精進せねばと思います。

雑記

昨日はホームページのメンテナンスで更新が出来なかったのですが、一応できる限り毎日更新をしています。

他愛のないことばかりを書いているのですが、

毎日書くことがあるのですか?

と聞かれることがあります。

毎日書きたいことはあるのですが、文章にならないことの方が多くあって、下書きばかりが増えています。

今日はよく書けたと思っても、読み返してみると、言うべきことじゃなかったな…とか、何を言いたいのかわからないな…とか、そういうことが多くあって、ボツになることも一度や二度ではありません。

もうお気付きの方もいらっしゃるかもしれませんが、今日も書いてみて、満足気分で読み返して、ボツにしました。

納得いく文章なんて書けた試しがありません。

本当に言葉は扱うのが難しいものだと思います。

御書素読

本日は御書素読を行いました。

皆様には暑い中ご参加誠にありがとうございました。

今回も、四信五品抄を素読しました。

参加者と一緒に拝読することで、今まで思いつかなかったような疑問がでできて、改めて皆さんと一緒に考えています。

大聖人様は、観心として、自分自身の内面性にアプローチしていく一方、ある一定の社会性も最晩年まで有していらっしゃいました。

どちらかに偏り過ぎない信心姿勢を忘れてはいけません。