本日は勉強会を行いました。
日蓮大聖人の身延期における動向を10ヶ月ほどかけて学んできました。
いろいろと率直な意見も交わされ、信心をあらためて考える場となっています。
大人が机を囲んで楽しく学ぶ機会をいただけることを本当にありがたく思っています。
学べば学ぶほど、自分が何も知らなかった事に気づく、気づけば気づくほどまた学びたくなる。
アインシュタインの言葉だそうです。
まさにその通りだなと思います。
以前にも書きましたが、今年の冬はとても寒かったのですが、その影響でしょうか、草花が生き生きしているように思います。

写真では分かりませんがハナミズキも真っ白に透き通るような花を咲かせていますし、

ライラックも鮮やかな花を咲かせています。
桜は冬に寒くならないと綺麗な花を咲かせないといいますが、他の草花も同じでしょうか。
ボタンも咲き始めていますが、とても深い色を見せています。
寒さを乗り越え、春を迎えた喜びは動植物皆同じなんでしょうね。
本日は誓願題目講を奉修しました。
昼からは少し涼しくなりましたが、1時間の勤行では少し汗をかき、しっかりと唱題行に励むことができました。
御参詣いただき本当にありがとうございます。
お茶を飲みながら昭和100年について話をしました。
知らない俳優や有名人の名前がたくさん交わされましたが、話を聞いていると、昭和は大変な時代でしたけれども、何となく面白い時代であったと思います。
今の時代が面白くないというわけではありませんが、昭和という時代に面白さは何であろうかなと考えたりします。
世代が違う方の話はいろいろな見方がわかって楽しいですね。
今を生きるということは、いろいろな意味合いがあると思います。
ある病気をして、これは完全には治らない。
病気と付き合っていくしかない。
というときに、治ることだけを考えずに、現状維持するために日々を生きる。
これも今を生きるだと思います。
今日ご参詣の方も、今の自分と向き合い、その自分と付き合いながら、日々を生きている。
なかなかできることではありませんし、まさに今を大事に生きてくれているんだなと感じました。
アリが家の中の甘いものまで探してくることができるのは何故だろうか?
という質問が子ども科学電話相談に寄せられていました。
https://www.nhk.jp/p/kodomoq/rs/P3X5LNZ17X/
アリの行列を見ると、遠くの甘いものに辿り着くとは到底思えない。
でもアリはどこにでもいます。
どうも行列から外れていくアリが定期的に存在するからだそうです。
その外れたアリが新たな食料を見つけてくれる。
アリが力強く生き抜いている理由ですね。
多数が少数を否定する社会に未来はないのかもしれません。
今日は最高気温が13度ほどでしたが、体感ではもっと寒く感じました。
こんなに寒い春もあるのだなと驚いています。
ちなみに昨年は、
最高23.1 最低13.8
でした。
ポカポカ陽気というところでしょうか。
やっぱりこんなに寒い春はおかしいと思ってしまいそうですが、一昨年の気温を調べてみると、
最高14.7 最低11.5
でした。結構寒い。
調べてみると4月は結構寒い日があります。
まさに寒の戻り。
風邪をひかないように気をつけてお過ごしください。
備忘録的に書きます。
熱原法難の農民たち。斬首された三人の名前は、
神四郎
弥五郎
と、
弥六郎か弥次郎
の二つの見解があります。
なぜ二つの見解があるかというと、「弟子分本尊目録」の正本に欠損があるためです。
いくかの資料の記述を見ると、
(郷住人)
一、富士下方熱原□□□□□郎。 『歴代法主全書』
一、富士下方熱原郷住人彌次郎、 『日蓮宗宗学全書』
一、富士下方熱原郷住人彌次郎。『日興上人全集』
とあります。
弥次郎との表記が見られるのは、北山本門寺の日優師の写本が残っているからです。
日優師の写本には誤記は見られるものの、他の写本に比べても正確さが担保されているので、諸本において「弥次郎」と表記されています。(「「日興上人全集」正篇編纂補遺」大黒喜道 興風11号)
多くのは弥次郎と表記されているのですが、弥六郎との見解は、堀日亨上人のもので、「そもそもこの三人は兄弟であるとの説があるため、もし兄弟であるならば、「弥六郎か弥七郎」と表記されるはずであり、後の研究につながるように「弥六郎」とした」とされています。(「熱原法難史」堀慈琳)
本日は御報恩御講を奉修しました。
あいにくの雨模様となりましたが、御参詣の皆様と宗祖日蓮大聖人様への御報恩謝徳を申し上げることができました。
御参詣誠にありがとうございました。
法話では、『南条殿御返事』をお話ししました。
建治2年閏3月24日のお手紙です。
大橋太郎の逸話について御教示になられています。
子どもの顔を見ることができずに捕縛された大橋太郎。
子どもは成長し、父への想いを深めて、法華経を読誦します。
それでも想いは強く、捕縛された大橋太郎を求めて鎌倉へ。
鎌倉の八幡宮で法華経を読誦したところ、あまりの読誦の素晴らしさに、北条政子の目にとまり、頼朝のもとへと案内されます。
そこで身の上のことを話した子は、斬首される寸前であった父・大橋太郎と再会するという物語です。
大変に素晴らしい内容で、こうやってまとめて話すのは勿体ないです。
是非御拝読いただきたい御書です。
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