Posts By hougenji

解釈

御書の解釈をする際に、例えば現代語訳がしてあるとどうしても現代語訳しか読まないということがあるようです。

現代語訳は訳者はなるべく偏りのないように訳されると思うのですが、どうしても訳者の思考傾向が影響してしまいます。

ですから一番良いのは原文を拝読していくことになるのですが、そうはいってもなかなか原文をスラスラと読み、かつ内容を把握できるかといえば、それはかなり難しいと思います。

現代語訳に触れる時は、複数の現代語訳を比較してみると良いです。

そこまではなかなかできないと思われるかもしれませんが、比較する作業の中で御書の理解も進むと思います。

字のこと

毛筆を扱うので、筆のことで質問をされることがあります。

弘法筆を選ばずといいますが、実際はそんなことはありません。

筆はしっかり選んだ方が良いと思います。

できれば、毛筆の専門店に伺って、自分の書きたい字を伝え、筆を選んでもらった方が良いと思います。

毛の部分が固い筆は、初心の方には扱いやすいと思います。

一方、毛が柔らかい筆は、扱いが難しいのですが、基本をしっかり押さえた上で柔らかい筆で練習すると、固い筆に戻ったときに、自分の思い通りに筆が扱えるようになります。

字を練習するにはとにかくお手本と睨めっこをして、一日一字でいいので、書いてみてください。

その上で余裕があれば毛が柔らかい筆を使ってみて、試行錯誤してみると、筆が自分の手になじんでくるようになると思います。

是非、いろいろな筆を使ってみてもらえたらと思います。

お花づくり

本日は、御会式の御宝前をご荘厳するお花づくりを行いました。

たくさんの方にご参加頂き、

一本一本御報恩の気持ちでお作りすることができました。

お昼には一緒におうどんをいただき、心もお腹も大満足の一日となりました。

御尽力頂きました皆様には本当にありがとうございました!

参詣…鳥

今日御参詣いただきました…

うん?鳥?

あれ、何か?

もしかして…

こっち見てる。。

この後、大立ち回りがあって、無事にお帰り頂きました。

御参詣、誠にありがとうございました(笑)

雑記

今年は気温がなかなか下がらないので、紅葉が進んでいないようです。

県北の方とお話ししましたが、県北でもまだ葉っぱが緑だと仰っていました。

ということでお寺のイチョウもまだ緑なのですが、

ギンナンはいっぱい実っています。

今年は紅葉が遅れ気味になるのでしょうか?

弥勒菩薩様について 勤行のときと日常で気を付けていること

雑記

今日、下記のような記事を教えてもらいました。

こういった話は現実にあります。

「子どもには迷惑をかけたくない」

と仰る親御さんに対し、

「では今度お子さんを連れてきて一緒に話をさせて下さい

とお伝えしています。

そして、実際に話し合いになると、多くの場合、

「父さん、母さんはそう言うけど、じゃぁどうやって手を合わせればいいん?」

とお子さんが仰るのです。

ちょっと厳しい言い方ですが、親御さんが仰る、

子どもに迷惑掛けたくない

が、こどもにとっては

迷惑だ

ということです。

それぞれの弔い方はあって良いと思いますし、それぞれのご家庭の事情もあるかと思いますが、必ずご家族で話し合っていただきたいと思います。

誓願題目講

本日は誓願題目講を奉修しました。

御参詣の皆様と唱題行に励むことができました。

足下の悪い中御参詣をいただき誠にありがとうございました。

また題目講の終了後、御会式のためのお花づくりも行いました。

一つ一つ大聖人様への御報恩を感じながら、お作りしています。

信心の交流もあって、とても良い時間です。

今日はあいにくの雨模様でしたが、心温まる時間を過ごせました。

キンモクセイ

先日雨が強く降りました。

キンモクセイ花が咲き始めて、もう少しで良い香りがし始める頃だったのですが、雨で全部散ってしまいました。。

楽しみにしていたので残念です。

急に秋めいてきたので皆様体調には十分気をつけてください。

新・平家物語

吉川英治さんの新・平家物語は読んだことがありましたが、今回NHKで「人形歴史スペクタクル 平家物語」が再放送されていました。

1993年から95年まで放送されていたものだそうで、その時には見ていなかったのですが、30年経った今見ても、非常によくできた作品でした。

原作もそうですが、かなり研究も進んでいるので、史実とは言えない部分も多くあります。

しかし、物語でなければ語れない部分もあって、それこそ平家物語に漂う無常観がよく現れていたと思います。

平家の勃興衰退が描かれるのですが、むしろ源氏の衰退がこの物語の後にあることを思うと、我々が生きている社会はいつでも諸行無常だということを考えさせられます。

特に平安時代末期から鎌倉時代はある意味残酷な時代なので、逆に人形劇だからこそ表現できるものもあったように感じます。

この物語から数十年後に大聖人様はご誕生遊ばされるのですが、親殺し、子殺し、兄弟での争い、裏切り、強欲、儚さ、空しさが溢れる社会で、それでも人としてどう生きるかを求められた大聖人様とは、やはり希有なご存在であったのだと改めて思います。