Posts By hougenji

雑記

最近、とても乾燥しています。

乾燥してくると木戸に隙間ができます。

湿気が増えるとこの隙間は見事に塞がります。

ただ、このまま隙間があるのも良くないかなと思い、竹で隙間を埋めました。

また湿気が増える時期の様子を見て、調整したいと思っています。

しかし、自然の素材は湿気の影響を受けて動きがあるので、一緒に季節を感じているようでありがたいです。

寺院清掃

本日は寺院清掃でした。

朝からポカポカ陽気になり、気持ちよく清掃を行うことができました。

ご参加頂き誠にありがとうございました。

この時期には草はあまり生えないであろうと思うとそうでもなくて、地面に近づいてみるとたくさん草が生えています。

離れてみると分からないのですが、近づくとたくさん。

この草を放置していると後々たいへんなことになるので、この時期でも草抜きは欠かせません。

よく目をこらしてみれば、いろいろなものが見えてきます。

雑記

勉強法というのは人それぞれなのだなと思います。

ノートに書き写すとか最近はパソコンなどでまとめるとか、頭の中で処理するとか、人それぞれです。

世代によっても違うのかも知れませんが、自分たちの時代はノートに書き写すなどして考えを整理するということが主流だったように思います。

最近は一番効果のある勉強法なども紹介されていて、そういうものを見ても、結局は自分にあった勉強法を自分でどれだけ見つけることができるかにつきるのではないかと感じます。

あまり効率の良い勉強法ということを言われると、何だか興ざめしてしまう感もあります。

勉強は遠回り遠回り…なんてことをすぐに言いたくなってしまうのですが、学校の勉強について行けなかった言い訳にしかならないのが苦しいところです(笑)

勉強会

本日は勉強会を行いました。

引き続き日興上人について学んでいます。

今回から身延離山に関する内容に入っていきます。

大聖人様が御入滅された後、門下に対して幕府や宗教界からの迫害が強まります。

鎌倉法難が起きるのです。

また世情は、安達泰盛と平左衛門の権力闘争である霜月騒動が起きます。

そういった中、門下は様々なことへの対応していかなければなりませんでした。

結果的に、日興上人は身延離山を決意されますが、その決意に至るまでの経緯は一方的な見方ではなく、さまざまな方面から考えていくことで、今私たちが信心を続けていく上での大きな教訓になると思います。

ご参加頂き誠にありがとうございました。

雑記

今日は夕方に雹が降りました。

当地では、雹が降った記憶は何年も、もっとかな?、少なくもこの10年近くはないので、突然のことに驚きました。

数分のことでしたが、風や雨も強く、異様な雰囲気でした。

昔の人が雹にただならぬものを感じた理由もわかりました。

サツマイモ

今年はサツマイモが順調に育ってくれて、無事収穫となりました。

5月、6月にわりと雨が降ってくれて、その時にしっかり根が張ってくれたからでしょうか、暑い夏も何とか乗り越えてくれたようです。

よく頑張った!本当によく頑張った!

思い込み

僻見というのがありまして、いわゆる偏ったものの見方のことをいいます。

もっといえばゆがんだ考え方という意味もあるようです。

私たちは物事を見るに、自分のフィルター、他人のフィルターを通して、それが何であるか、どういうものであるかをとらえています。

…といいたのですが、他人のフィルターを通すことはあまりなく、思っている以上に自分の思い込みの中で他者を批評しています。

それが人間の性質ですから致し方ないのですが、この思い込みは他者に対してはもちろん、自分に対する思い込みもかなり強くあります。

ですから、ちょっとしたときに自分の思いがけない点に気付いて、自分にはそんなところがあったのかとようやく分かることがあるのです。

そのちょっとしたときは、他人を通したり、また本当に些少な出来事であったりとどのタイミングで来るかがわかりません。

そのタイミングが来たときに、ここからが一番大事だと思うのですが、そのタイミングが来たときに、その徴(しるし)を素直に受け止めることができるかどうかによって、思い込みから離れられるか離れられないかの違いがあります。

素直に受け止めることができれば、思い込みから離れられる。

素直に受け止めず、いいや自分は違うんだと強情になれば思い込みから離れることはできない。

結局同じような結論にいたってしまいますが、人間、素直になれるかがとても大事だと思います。

誓願題目講

本日は誓願題目講を奉修しました。

御参詣の皆様と一時間の唱題行に励むことができました。

御参詣頂き誠にありがとうございました。

御信徒と話している中で、

「今日はもういいやと思って、日頃の勤行や行事を休むと次にやろうと思ってもなかなかできないんですよね」

ということを聞きました。

「行事も、どうしても休まなければならない別のことがあるときは仕方ないですし、また引き続き次回の行事に参詣できるのですが、今月はいいや、来月もあるしと思うとダメですね」

というご意見もありました。

確かに、何か続けているときに、忙しくて出来ないというタイミングがありますが、そういう場合は時間が空いたときにまた元のペースに戻せます。

ところが、なぁんか気が乗らないなぁと思って休んでしまうと、元のペースに戻すのが難しいんですね。

ですから、気が乗らない自分と上手に付き合っていくことが大切です。

こういう自分に対する冷静な気付きって大事だと思います。

自分をよく知ることが、継続の第一歩ですね。

苟且偸安

読めなかった字です。

こうしょとうあん

意味は

将来のことを考えずに一時の安楽を得ようとすること

苟且が後回しにする意味で、偸安が安楽を得ようとするという意味だそうです。

後回しにするとろくなことがありません。

めんどくさいは万事の敵です。

数珠

以前にも書きましたが、お数珠をいつも鞄に入れて持ち歩くことはとても良いことだと思います。

ただし、袋に入れず、そのまま鞄に入れたり、また車のウインカーなどのノブに直接かけたりするのは粗末になるのでよくありません。

そういう人がいたということを聞いたので、しないようにお話ししました。

うちの宗派ではあり得ないことですが、略式の数珠のようなものを腕につけたままトイレに入る人もいるそうです。

それもいかがなものでしょうか。

数珠は法具の一つですので、粗末にならないように大事に扱いましょう。