寺院で御奉公していると、檀信徒の皆様と長い御縁を結ぶことができるのを本当に有難いことだと思います。
生まれたときや幼いときから成長を見守ることができる場合もあり、どんどん成長する姿に一喜一憂できるのは本当に幸せなことだと思います。
そして、成長していく中で、新たな環境に挑戦するために旅立っていくときがあります。
今日も、そんな若い世代の方が挨拶にきてくれました。
寂しく思う気持ちもありますが、新たな一歩をみんなで応援しています。
本日は御報恩御講を奉修しました。
皆様には深信の御参詣を賜り、誠に有難く思う次第です。
御参詣の皆様と共に謹んで日蓮大聖人様への御報恩を申し上げました。
法話では、四条金吾殿御返事についてお話ししました。
短い御書ですが、諸法実相をどのように行ずるかが説かれています。
また、四条金吾が、誰にでも法論をしてしまうことを戒めるような表現もあります。
法門を語るのは難しいことです。
謙虚な姿勢を忘れずにいないと、議論のための議論になってしまいかねません。
そういう意味でも四条金吾は私たちの良い手本になってくれる方です。
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御講終了後には、役員さんたちと親睦会を行いました。
とても楽しい時間になりました。
役員の皆様、いつも本当に有難う御座います。
本日は御逮夜法要を奉修しました。
謹んで宗祖日蓮大聖人様への御報恩謝徳を懇ろに申し上げました。
はっきりとしない天候が続いておりますが、少し暑さも和らいだのでホッとしております。
御逮夜法要は宗祖日蓮大聖人様が御入滅に至るまでの姿をあらわす大事な法要です。
安詳として御入滅されていくそのお姿を想いながら、読経唱題に励みますと、誠に有難く、報恩の気持ちがわき上がってきます。
重大な法要として護り伝えてきたいと強く思っています。
昨日は、部首について書きました。
そこで香という部首があるということが分かったのですが、この香りが部首となる漢字を調べてみました。
馚・馛・馝・馜・䭯・馟・馞など…
何一つ読めない…。
唯一読めたのが、
馨
でした。人名などで使われる漢字です。
漢字は奥が深い。
下記のような本があって
日蓮聖人書体字典
https://www.kokusho.co.jp/buddhism/isbn/9784336033338/
大聖人様の書かれた文字を一字一字見ることができます。
同じ文字であれば、崩し方にもちゃんと系統だって書かれていて、文字を学ばれたときに、そのような教育を受けられたのだろうかと想像します。
なかなか手に入りにくい本なのですが、同じ文字を比較できるのはとても参考になります。
ところでこういう字典を引く時には部首索引を使うことが多いのですが、部首はとても難しいです。
例えば、
香
は
禾
でもなく、
日
でもなく、
香
が部首になるそうです。
今年も蓮が咲きました。

毎年思いますが、この世のものとは思えない美しさがあります。

本日御参詣の方から教えて頂いたのですが、白い蓮の花は食用が多く、色がついているものは観賞用だそうです。

食べるつもりであったわけでは…ありません(笑)
先日、下記のような記事を書いたのですが、
その中で、表記に揺れがあることを述べました。
揺れがあることは、記号としての厳密性に欠け、意味を伝達することが難しくなるので、現代では極力揺れを無くすようになっています。
でも、そのことが表現の幅まで狭くしてしまっているように思います。
現代は分かりませんが、80代、90年代の漢字教育では、とめ、はねが間違えれば、間違いということで、漢字が苦手な子どもが多かったように感じます。
とめ、はねを間違える子が、表現が下手なわけではありません。
厳密性にしばられるあまり、表現の豊かさがうばわれてしまうのは勿体無いょうに思いますし、こういった揺れを許さない風潮は漢字にとどまらず社会全体に蔓延しているように感じます。
こちらの本を読んでいます。
https://www.shueisha.co.jp/books/items/contents.html?isbn=978-4-7976-7447-7
各界を代表する方達が、死について書いています。
死そのもの、人の死、動物の死、病気の死、死の儀礼、文化…
もちろん死について書くということは生きるを考えることなので、現代の死生観をよく知ることが出来ます。
それにしても、こういう本が改めて出版されるということは、それだけ現代人にとって「死」が縁遠いものになってしまったということでしょうか。
この時期になると平成30年7月豪雨のことが思い返されます。
当時、一週間近く雨が降り続け、その量も今まで経験したものでは無く、大丈夫だろうか、大丈夫だろうかと思っている内に大災害になりました。
ボランティアに入った場所では、自然の破壊力を身心に感じました。
あれから6年が経ち、多くの場所で何とか復興を進めていますが、何となくあの時感じたものは、心の中にしっかり残っているように思います。
多くの失われた命に、謹んで御回向を申し上げるとともに、一つでも教訓として次の世代へ自然災害の恐ろしさを伝えていきたいと思っています。
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