アンパンマンの作者であるやなせたかしさんは、子ども達にひもじい思いをさせたくないという思いからアンパンマンを作り出したと聞きました。
戦争を経験した御信徒から話を聞くと、
何がつらかったかといえば、着る物がない、住むところがない、いつ死ぬか分からないという恐怖、いろいろあったけど、一番はとにかく食べられなかった事よ。
と皆さん一様に仰います。
飽食の時代には分からない苦しみです。
だからこそ、ひもじい思いをされた方々の言葉に耳を傾けなければいけないと思います。
読み方が分からず、手を尽くして調べて、ようやく読み方が分かって、せっかくだからここで皆様に共有しようと思った言葉、
區々
ですが、
すでに掲載してました。
ちなみに
まちまち
と読みます。
勉強になったからよいのですが、他の言葉でももうすでに何度繰り返しています。。
会議というか話し合いをするときは、人数をどのくらいにするかというのが結構重要だと感じます。
調べてみると多くて10人ほどが適正だとされるようです。
でもこれは話し合いの雰囲気や種類にも影響されると思いますし、またその話し合いをするグループに親密具合にもよると思います。
企業などの会議のようにアイデア出しの場合などは効率的な人数設定も必要だと思いますが、話し合いの様子を見聞きするのもとても良い経験だと思う(特に昨今はこの対話の様子を聞く機会が失われている)ので、あまり適正な人数にこだわりすぎるのも良くないと思います。
話し合いは同じグループの顔ぶれでも毎回雰囲気が変わるので、大事なことは人数や環境などの変化、または微調整ではないかと考えています。
御書にある言葉で
鷸蜂の相扼 いつぼうのあいひしぐ
があります。
意味は、
鷸は鳥のシギ、蜂は蚌でハマグリの意。シギとハマグリが争っている間に両方とも漁夫に捕らえられたという故事から、両者がいさかっている間に第三者が利を得ることをいう。
御書システム辞書
ですが、気になったのは、この
扼
です。日頃使わない言葉なので、調べてみると、
押さえつける
というような意味でした。
そういえば。ひしゃげるという言い方がありますね。
図書館で下記の本を手に取りました。
いのちの花―捨てられた犬と猫の魂を花に変えた私たちの物語
https://www.kinokuniya.co.jp/f/dsg-01-9784872906950
殺処分されていく命のために青森の高校生たちの取り組みが紹介されています。
その内容を簡単にここで説明すれば、それは誤解のもとになるというくらい難しい問題です。
メディアなどで取り上げられていたのでご存知の方もいらっしゃるかもしれません。
この本の中で
賛否両論の活動だが、賛成されることだけをしていては何も変わらない。
いのちの花―捨てられた犬と猫の魂を花に変えた私たちの物語 76ページ
とありました。
事勿れ主義の世界で生きる大人にはきつい一言です。
いずれにしても粗末にしていい命なんて一つもないということを日常の中でどれだけ感じて生きていけるかが、現代人に問われているように思います。
今日は布ゾウリ作りを行いました。
いつもの通りワイワイと対話をしながら、楽しく作業ができました。
1回2回作ったくらいでは、ダメだね。
体が覚えるくらいしないとね。
と皆んなで話し合いました。
布ゾウリ作り一つをとってもそうですが、技術というのはマニュアルに書かれたものではなくて、人間が実際に行動することで、はじめて形になるものです。
技術の継承というのは、行動の継承といえるかもしれません。
信心の継承についても話が進みましたが、どれだけ口でいっても、どれだけ理屈が成り立っていても、実際の行が伝われなければ、信心の継承はできないということがあります。
つながりが薄れている時代に、どのように行動を継承していくか、大変な課題です。
またヤマモモの話題ですが、

ちょっと集めただけでこんなに収穫できます。
雨でボロボロ落ちてしまうので、少しずつ収穫しています。
味は甘酸っぱくて、好みは分かれるようです。
近所のお子さんたちにも食べてもらいましたが、最近の子はあんまり食べないですね(笑)もっと美味しいものがたくさんあるので。
でもこの甘酸っぱさがやみつきになったりします。
ハルシネーションとは
ハルシネーションとは、人工知能(AI)が事実に基づかない情報を生成する現象のことです。まるでAIが幻覚(=ハルシネーション)を見ているかのように、もっともらしい嘘(事実とは異なる内容)を出力するため、このように呼ばれています。
https://www.nri.com/jp/knowledge/glossary/lst/ha/hallucination
であることを知りました。
人工知能は大量の情報をもとに新しい情報を生成するのですが、新しい情報を生成できるほどの情報がない場合に、根拠がない情報を作り出してしまうそうなのです。
人工知能の能力の高さを感じると共に、まったく根拠のない情報を作り出してしまう怖さを感じ…
ません。
だって、人間だって同じことをしますから。
だから、一つの情報基だけでなく、複数のところから情報を得ることが大事なのです。
また実際の体験に基づく経験が、そこらに散らばる情報より有益な場合があることも大事な点だと言えると思います。
とにかく、
人工知能だって、人間と同じということですね…
というこの発言…、人工知能のミスが人間のミスに近いということを考えると、やっぱり怖いかも…?
動画のコメントで、
何故足るは足なの?
という質問をいただいていました。
ご質問をいただくまで考えたことがなかったので、言われてびっくりしました。
ということで、いろいろ調べてみましたが、はっきりとした答えはわかりませんでした。
インターネットでも調べていただくと分かりますが、いろいろな意見があるようです。
こういうことは結構あって、言葉の不思議さを感じます。
仏教用語には、サンスクリット語の音写の言葉がたくさん出てきますが、意味がないとは思えない程、不思議なニュアンスの漢字が並んだりするので、一種の神秘性を感じたりします。
最近のご意見