先日アップした無量義経と序品第一に登場する菩薩に引き続き修行者たちについて調べていましたが、ようやく一通り調べ終わりました。
たくさん登場されるのと、一応十分調べた上で話さなければならないと思いましたので、思った以上に時間がかかってしまいました。
法華経のはなしよりも調べるのは大変でした。
望月仏教大辞典などの辞典類などを参照しましたが、法華経以外の経典に登場するエピソードなどを読んでいると、不思議な話がとても多くとても面白いのです。
面白いのですが、そのほとんどが紹介できないような結構ディープな内容だったり…。
ということで、今回もあまり深いところまでは話さず、とりあえずの雰囲気だけでも伝わればと思っています。
近日中にアップできる予定なので、もう少しお待ちいただければと思います。
鳥の巣箱を作ってみました。

左がシジュウカラ、右がセキレイのための巣箱です。
二種ともよく境内に飛んでくるので、やってみたらどうかという声かけもあり、まずは試しにということです。

上手くいったら、またこちらで御報告したいと思っています。
本日は五月度御経日を奉修しました。
あいにくの雨模様でしたが、深信の御参詣を賜り誠に有難う御座いました。
御参詣の皆様と共々に先祖供養を申し上げました。
法話では、三三蔵祈雨事についてお話をしました。
冒頭には、
木々を育てるにも支えがいる。大きな木でも倒れることがある。人も弱きものも支えがあれば倒れることはない。強そうな人でも支えがなければ倒れる。
と御教示があります。
世間では、強い、弱い、賢い、愚か、豊か、貧しいなどが物差しになります。
しかし、大聖人様はそういった物差しではなく、信心の厚簿によって判断されます。
たとえ弱くてもいい、支えになるものを確かに持って生きていけばいい。
こんなに心があたたまる御教示はありません。
いろいろな講義などを聞いているといつも思うのですが、講義以上に質疑応答の時間での発言が勉強になります。
講義者も質疑応答のときには、講義のときのように用意していたものを読むのではないので、時折言葉に詰まったりすることもありますが、逆に言葉を尽くして回答してくれることで、とても理解が深まったりするからです。
自分が思っていたような質問であったり、思ってもいないような質問があったりもするので、ぜひ講義のときには質疑応答の時間をたっぷりとって欲しいなと思います。
講義者は大変だと思いますが。
昔、どこかの先生が、
「良い質問が講義を盛り上げるから、講義者よりもその内容をよく理解している質問者がいると最高の講義になるんだよ」
というようなことを言ってました。
まるで、法華経に出てくる対告者のようだと感じたのを覚えています。
本日は宗旨建立会を奉修しました。
気温がぐんぐん上がり、夏を思わせるような気候になるなか、御参詣の皆様と謹んで御報恩の読経唱題に励むことができました。
深信の御参詣誠にありがとうございました。
法話では宗旨建立の意義と、法を守り伝えることについてお話ししました。
一代五時鶏図〔本満寺本〕も取り上げ、大聖人様が図示しながら門下を教育されていった様子についても述べました。
大聖人様は依法不依人を大事とされました。
法に依て人に依らざれの精神は御生涯をかけて貫かれた精神です。
私たちもその法を学び、法を伝えていく姿勢を忘れてはいけません。
宗旨建立がなければ、今の私たちがお題目を唱えることができなかったことを思うと、この一日がとても意義深い一日であることを実感していただけるのではないでしょうか。
本日は寺院清掃でした。
毎月月末に行っていますが、今回は祝日なども重なるため本日に行いました。
雨の降る中、参加いただいた皆様には本当にありがとうございました。
いつもは手の届かないところも掃除をしていただけるので本当に有難いことです。
また終りましてから、お茶を飲みながら雑談をしました。
明治期以降の日蓮主義ともよばれる思想がどのようなものであったのかなども話し合われました。
一つの事象は、いきなり出現するのではなく、様々な影響下にあって生じてきます。
私たちは戦前と戦後や、江戸と明治などで線を引いて考えがちですが、歴史は繋がっているということを意識して、少しずつ遡って見ていくと、意外なところに原因の一つを見つけたりします。
さらに、思っていることや考えていることを話し合う中で、意外な視点に気付くこともあります。
歴史認識は単純な原因結果で語られてしまうことが多いのですが、様々な要因を様々な視点で見ていくことで、歴史に対する公平な理解もできるのではないかと思います。
本日、ようやくトマトの苗を植えました。

今年は天候不順が続いて、徳に2月後半からの急な冷え込みで苗が全く育たず、例年に比べると二週間近く遅い植え付けになりました。
また、大玉トマトの方は、まだ一段目の花も付けていない様子です。
今年はとても暑くなるようですが、順調に育ってくれればと思っています。
出来上がったトマトはお供えして、参詣者への御供物にしたりしています。
無量義経の冒頭部分に出てくる修行者の中に、阿若憍陳如の名前があって、この人は、釈尊の父である淨飯王にいわれ、出家した釈尊とともに難行苦行を始めます。
いわゆる五比丘の一人とされる人です。
五比丘は、釈尊と難行苦行を共にし、その行を離れた釈尊を最初は卑下します。
その後、釈尊が菩提樹下で成道して最初の説法で、難行苦行に悟りがないことを知り、釈尊に帰依しました。
いろいろと辞書をめくってみると様々な姿が見えてきて大変に面白い方々です。
今日、御信徒と話をする中で「そわ」というものを教えていただきました。
そわは、海の中でも満潮の折に岩が隠れるようなところで、その上を船が通ると座礁してしまうような場所のことをいうそうです。
それで字を調べてみたところ、
岨
という字を書くようで、その他の読みとしては、
そば
とも読むらしく、四国水族館のページには、
隠れ岩」とは海面下に潜む岩礁のことで、四国では「瀬」、「根」、「碆(ハエ)」「沚(シ)」「ソワイ」「ソワ」とも呼ばれます。船の往来に危険をおよぼすこともありますが、格好の漁場でもあります。水中をのぞいてみると、海藻や岩の隙間に棲みつく様々な小動物を狙って、周囲の景観に擬態した魚が待ち伏せをしています。のんびりと動かない様子とは裏腹に、エサが目の前に現れると目にも止まらぬ速さで飲み込んでしまいます。
https://shikoku-aquarium.jp/kannai/exhibition/pacific/000048/
とありました。
最近のご意見