日差しも窓から長く入り込むようになりました。

まだこの時期は日差しも強いので、ちょっと暑いほどです。
窓際に置いている植物などは結構水枯れになります。
綺麗な紅葉を見つけました!
ということで写真を提供していただきました。

こうやって木陰にある紅葉などはとても綺麗ですね。
ご提供ありがとうございました!
本日は、御申状奉読の事前練習を行いました。
御申状は昔の文章ですので、なかなか読みにくいのですが、奉読者の皆様はとてもよく練習してくださっていて、本番前にして準備万端のご様子でした。
御申状奉読の意義などを確認しあい、本番までの緊張感を高めることができました。
ご参加頂き誠にありがとうございました。
ご近所さんが、キンモクセイを下さいました。

玄関先に飾りまして、キンモクセイの良い香りで包まれています。
散歩をしていても、どこからかキンモクセイの香りが漂ってきます。
とても良い心地です。
◇◇◇
最近、人の集まるところにいると、子どもたちがスマホで動画を見る風景が当たり前のようになりました。
専門家が指摘するように、子どもたちのスマホ使用に関する危険性などを心配しますが、それ以上に、音を出して動画やゲームをする様子が見られます。
保護者さんも注意する様子もありません。
ちょっと残念な心地です。
先日、県北の方へ行ってみましたが、やはり紅葉の様子が例年とは違いました。
といいますか、ここ数年、紅葉の様子が違っていて、やはり夏の暑さで枝先の葉っぱが枯れてしまい、きれいに紅葉してくれないようです。
境内の紅葉もちょっと悲惨な状態で、葉っぱが枯れてしまい、枯葉と紅葉が混ざるような感じです。
ただ県北ではどんぐりなどの実がよくなっているそうで、そのため、熊の被害などは耳にしていないということでした。
その代わり、鹿が多いようで、猪よりも大変ならしいです。
苗木などを食べられるので植林が難しいそうです。
今の時代に、私たちは改めて自然と生きていくことの大変さを思い知らされているという感がありました。
毎年、お寺でカレンダーを作成しています。
大聖人様の御書を掲載した12ヶ月のカレンダーです。
現在鋭意作成中ですが、来年は丙午にあたるそうです。
丙午と聞くと、世間ではいろいろなことが想像されるようで。
私たちの門流では、六曜や十干十二支にまつわる迷信は、取り立てて気にすることもありませんし、むしろそういうことを嫌いますから、そういう点でもうちの宗派は良いなぁと思います。
ということで、少なくても一切気にする必要はありませんと先にお答えしておきます。
きっとこれからたくさん聞かれるからです(笑)
今年は秋が深まるのが早いので紅葉を楽しみにしていますが、あまり様子はよくなさそうです。
やはり夏の暑さの影響で、すでに葉っぱが枯れて落葉してしまい、紅葉するどころではないようなのです。
適度な暑さと、夏に適度な雨があってこその秋の紅葉のようです。
本当に夏から冬という感じの天候が毎年のようになってきたので、美しい紅葉もなかなか味わえなくなってしまうのでしょうか。。
人工知能は、膨大な情報を学ぶことで、実に多くのことをこなせるようになっています。
近年では、膨大な情報をもとに予測を行い、まるで人間の知能のようにふるまう。
さらには、創造性さえ示すことができるという見解もあります。
しかし、それを素直に「知能」と呼んでよいものか…という議論もあります。
仏教では、法身・報身・応身という三つの身があります。
法身は真理そのものであり、もしこれを「知識」とみなすなら、
応身はその知識を実際に現す「体」、
そして報身は、知識と体をもって生きた働きとする「智恵」であると言えるでしょう。
つまり、仏教では「知識」と「智恵」は異なるものと考えます。
では、「知能」とは何でしょうか。
それは膨大な知識による予測のことなのか。
それとも、知識に情念や身体性を重ねて、初めて働きとして現れる智恵のことなのか。
「そんなのは定義の問題でしょう」と片づけてしまうには、
あまりにも深い問いのように感じます。
本日は、御経日を奉修しました。
御参詣の皆様と謹んで先祖諸精霊の追善回向を申し上げました。
肌寒い中の御参詣、誠にありがとうございました。
法話では、『松野殿御返事』の後半部分についてお話しをしました。
大聖人様は、法華経の信心は素晴らしいと示されますが、決して簡単ではないと説かれます。
いろいろなことに気を付けて、よく学び、よく精進することを求められます。
それでも成仏は難しいんだと念押しをされるほどです。
現在の何でも簡単に手に入れることができるという風潮とは、全く違います。
考えてみれば、簡単に手に入る物などこの世の中にはほとんど無く、あったとしても小さな事ばかりです。
本当に大事なことを得ようと思うなら、性根を入れて精進しなければなりません。
『松野殿御返事』は大事なことをたくさん説かれている御書です。
是非御拝読ください。
本にしろインターネットにしろ、SNSにしろ、とにかく
「簡単にいうと…」
というのが溢れていると感じます。
簡単に言えば分かりやすいのですが、とはいえ、それはただ分かりやすいだけで、その物事の大事なところは結局語れていないことがほとんどです。
それでもいいから簡単に言ってくれという風潮があるのもよくわかります。
情報過多の時代、一つの情報に時間をかけることができない。
でも、やはり物事の本質をとらえようと思うなら、難しいことをじっくり聞いて、考える必要があると思います。
つまり、
言う方は簡単に言いたいことを避けて、しっかり調べて、じっくり語る。
聞く方は簡単に聞けることで分かったつもりにならないで、じっくり聞いて、しっかり考える。
ということをお互いに意識していないと、薄っぺらい理解ばかりが増えていく…ではないかと、結局自省するのです。
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