今日はお花づくりでした。

思いもかけず多くの皆様に御尽力いただき、140本のお花ができあがりました。

久しぶりに顔を合わせたかたもいらっしゃたので、語らいにも花が咲きました。

急に朝晩が寒くなってきましたので、皆様気をつけてお過ごしください。
よく当宗の教えは一神教的なのか?というような質問があります。
お念仏の宗派のところにも寄せられる質問でしょうか。
この質問、根本的に間違っているように感じます。
そもそも一神教という捉え方は一神教の宗教で整えられてきたものです。
一神教の教義を体系化していく中で成立した概念を、多元的に神仏を捉える仏教に当てはめること自体が無理があるように感じます。
当宗の教えは多元的に神仏を捉えつつ、統合していき、そして中心となるお題目を拝するというものであり、決して一神教的なものではないと思っています。
今日は誓願題目講を奉修しました。
(御参詣の皆様には感染症対策へのご協力誠にありがとうございます)
今年はいったい何回梅雨が来るのか!?…と思うほどに蒸し暑い一日となりました。
そんな蒸し暑さにも負けず、一生懸命にお題目を唱えていただきましたこと、誠に有り難く思う次第です。
ここで何度も書いてきていますが、インターネットで仏事のことを調べてきたという方がいらっしゃいます。
それで、いろいろ見ているうちに大抵よくわからなくなって相談をうけることがあるのですが、皆さんたいてい、
「最初からご相談すれば良かった」
と仰います。葬儀や法事、四十九日などのお供えやお盆の迎え方などは地域によっても様々に違いますので、できればインターネットなどの情報ではなく、直接ご相談いただければと思います。
明日、公開予定の動画では、今までに寄せられていた二つの質問に答えています。あくまで個人意見としてですが。
一つは、法華経で方便を捨てて一乗を信受しなさいと繰り返し何度も何度も説かれるのはなぜか?という質問です。
これは若い時分に私も同じ疑問を持ちました。
二つ目は、法華経にはあまり内容がないという説があるがどうなのか?という質問です。
これは大変昔から法華経に投げかけられている疑問です。
皆様の納得できる答えになっているかはわかりませんが、現時点での私個人の答えとさせていただきました。
今日は何日ぶりでしょうか、久しぶりに雨が降りました。
ぐったりしていた植物たちも少し元気を取り戻し、花の色鮮やかさも少し戻ってきたように思います。
でも、相変わらずの蒸し暑さですね。
ところで、晴耕雨読という言葉があります。
晴れたら耕し、雨降れば読む。
良い言葉だと思っていましたら、イメージ的には悠々自適な生活をいうようです。
素朴な生活をいうのかと思っていました。
間違った使い方をしてハッとすることがあります。
知っている風で知らない言葉はたくさんあるので、やはり辞書が手放せません。
今日は、土曜日公開予定の「法華経のはなし」の撮影と編集に取りかかりました。
今回は開示悟入についてもっぱら話しているのですが、編集している段階で話し足りない部分に気付きます。
一応全体を話した上でもう少し詳しく話した方が良いのか考えたりしています。しかし、話せば話すほど上手く伝わらないかもしれないとも思います。
開示悟入はいろいろなことのヒントになる教えだと思います。
なぜ、最初が開なのか。
残り三つの段階はどういう意味を持つのか。
これらに考えを巡らすと、人間関係の構築の仕方や、物事を教えること、例えばとても苦しんでいる状況の方に手を差し伸べる方法など、いろいろなことに照らし合わせて考えることができると感じています。
やっぱり、いずれちゃんと考え直した上で、もう一度話をできればと思っています。
いつも皆様にはお付き合いいただき本当にありがとうございます。
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