本日はお餅つきを行いました。

朝早くから諸準備などにあたっていただき本当にありがとうございました。
おかげさまで立派なお餅が出来上がりました。
今回はわりとゆったりとお餅もつけたので、色々な話もできて、本当に楽しい時間でした。
最近は臼で餅をつく光景を見ることも少なくなりました。
若い人はもちつきの段取りもわからなくなってきているようで、このような風習はどんどん無くなっていくのでしょう…というのは寂しいので、頑張って残していきましょうと語り合いました。
明日は御会式のためのお餅つきです。
ご信徒の方と準備をしました。
ご協力ありがとうございました。
ところで、窓拭きは奥が深いと思っています。
綺麗になったと思うと曇りが残っていたりして、やればやるほど上手く綺麗にならなかったりします。

本日、先輩僧侶に教えてもらったのですが、水拭きをしたら、すぐに乾拭きをするのが良いそうです。
洗剤などもあまり使わない方が良いとのことでした。
そこで、濡らしたマイクロファイバーのタオルで拭いて

普通のタオルで乾拭きを試しています。

結果は良好です。
とにかく濡れた部分をすぐに拭くと白い曇りも残りにくいです。
その他の窓も少しずつ試していきたいと思います。
本日は、御申状奉読の事前練習を行いました。
御申状は昔の文章ですので、なかなか読みにくいのですが、奉読者の皆様はとてもよく練習してくださっていて、本番前にして準備万端のご様子でした。
御申状奉読の意義などを確認しあい、本番までの緊張感を高めることができました。
ご参加頂き誠にありがとうございました。
本日は、御経日を奉修しました。
御参詣の皆様と謹んで先祖諸精霊の追善回向を申し上げました。
肌寒い中の御参詣、誠にありがとうございました。
法話では、『松野殿御返事』の後半部分についてお話しをしました。
大聖人様は、法華経の信心は素晴らしいと示されますが、決して簡単ではないと説かれます。
いろいろなことに気を付けて、よく学び、よく精進することを求められます。
それでも成仏は難しいんだと念押しをされるほどです。
現在の何でも簡単に手に入れることができるという風潮とは、全く違います。
考えてみれば、簡単に手に入る物などこの世の中にはほとんど無く、あったとしても小さな事ばかりです。
本当に大事なことを得ようと思うなら、性根を入れて精進しなければなりません。
『松野殿御返事』は大事なことをたくさん説かれている御書です。
是非御拝読ください。
本日は寺院清掃を行いました。
朝から気温も上がり過ごしやすい天候の中、皆様が心を込めて清掃をしてくれました。
ご参加頂き本当にありがとうございました。
終了後、お茶をいただきながら、今年の夏の暑さで疲れが出ている方が多いという話になりました。
どうもいろいろな形で体調に出てしまっているようです。
少しゆっくりする時間を作って、身心を休めてください。
いつの間にかキンモクセイが咲きそうです。
良い香りを届けてくれると思います。

本日はお花づくりを行いました。
朝からあいにくの雨模様でしたが、足下の悪い中大勢のご参加をいただき、無事にお花を作ることができました。

話にも花が咲いて、楽しい時間となりました。

終了後は、みんなで昼食とぜんざいをいただきました。
急に冷え込んできたので、温かいものを食べて体もポカポカになりました。
皆様本当にありがとうございました。
本日は誓願題目講を奉修しました。
昨日から旧に冷え込むようになりましたが、寒さに負けないで唱題行に励むことができました。
また朝から、お花づくりの作業も行ってくれました。

楽しい会話が交わされながらも、どんどんどんどんお花ができていきました。

たくさんのお花が完成しました。
ご協力頂き本当にありがとうございました。
本日は勉強会を行いました。
ご参加頂き誠にありがとうございました。
日興上人について引き続き学んでいます。
今回は日興上人のお人柄として、
①細やかな心配り
②学問の奨励
③大聖人への尊称
などについて、話し合い、考えていきました。
厳しいお人柄と伝わる日興上人ですが、大変心優しいお姿をお手紙などから拝することができます。
厳しさとは優しさの裏返しであることを感じます。
現代の優しさはある意味無関心を助長しているだけのように思います。
優しいからこその厳しさをどのように持っていくかは、現代が抱える課題のようにも感じます。
本日は御報恩御講を奉修しました。
本日も暑くなりましたが、御参詣の皆様と謹んで日蓮大聖人様への御報恩謝徳を申し上げました。
御参詣頂き誠にありがとうございました。
法話では、「松野殿御返事」についてお話しをしました。
今回は前半部分をお話しをしましたが、その中には、
十四誹謗のこと。
お題目を自分で唱える。
自ら進んで学びなさい。
依法不依人のこと。
そして、雪山童子のこと
などが説かれていて、盛りだくさんの内容です。
特に聖人と凡夫が唱える題目の功徳に違いはないという御教示は、誰かにお題目を唱えてもらえば良いというわけではなく、自分自身で積極的にお題目を唱えていくことの重要性も示されていると思われます。
自分でお題目を唱え、また自ら学んでいくという積極的な信心姿勢が日蓮大聖人様の求められた信仰者の姿の一つといえると思います。
次回は後半部分をお話しする予定です。
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