一日一善をやっていこうとすると本当に難しい
ということを聞きました。
今年の目標ということで、一日に一つは善行をするとう目標を立てていらっしゃるようなのですが、たしかにやってみようとすると大変に難しいものです。
そもそも善行とは何か?
私たちにとってはお題目を唱えさせて頂くのが一番の善行にはなるのですが、社会的に善行とは何か?なんてことを考えだすと善行が身につきません。
冒頭の一日一善を今年の目標にした方は、
まずは車の運転中に横断歩道の手前で止まること
からはじめたそうです。
確かに巷で、
横断歩道の前で止まりましょう
と言われてますが、なかなか実践にはつながっていないようです。
その方は、
心掛け始めるとせっかく横断歩道の手前で止まるのだから誰か渡って欲しいなと今まで以上に歩行者に視線が行くようになりました。
と仰っていました。
なるほど、一善は誰に誉められるでもなく行うことが大事だとは思いますが、せっかくだから誰かのお役に立てたらと思うのは人情です。
その点、横断歩道で止まることは、当たり前に行うベキのことなのですが、なかなか定着していない(岡山県民の意識の低さは有名)ですし、一善に結びつけてやってみようとトライするのは善いことだと思いました。
いずれにしても一善のきっかけを探していくことは、とても楽しいことであるのかもと感じました。
(4月21日本文訂正をしました)
今日はものすごい雨が降ったのですが、境内の蓮の植え替えを行いました。
仲間の御僧侶も手伝って下さったので、雨がおさまる合間を狙って作業ができました。
写真は…、泥を扱うので、あまり見た目も良くないこともあり、写真は遠慮いたしました。
蓮根がしっかり育っていたので、今年はちゃんと咲いてくれるでしょうか。
蓮は土がしっかりしていないとなかなか綺麗に咲いてくれません。
ほどこす肥料によっても咲き方が違うようです。
綺麗な花を咲かせて欲しいです。
天候が不安定です。
気を付けてお過ごしください。
NHKラジオの子ども科学電話相談(こちらの番組の話題がついつい多くなってしまいますが)の新しい昆虫の先生の小松貢さんが前回から登場されました。
挨拶の中で、
なにかを学ぶ気持ちがあれば、誰でも学者になれます。学者は職業ではなく生き方です。
と仰っていました。
子ども達に対して優しく大切なことを語られる様子に大変感銘を受けました。
僧侶も職業ではなく生き方ですよと先輩に教えてもらいました。
本当はそういうものが他にもたくさんあるのだと思います。
職業という枠の中におさめなければならず、働くことの意味が少しいびつになっているようで、それが息苦しさに繋がっているのかも知れません。
これはどんなものも商品になってしまう市場経済の原理に似ているように思います。
世の中のものを商品であると捉えれば、確かにやり取りしやすくはなるのでしょうが、それはやっぱりいびつなものであって、商品になり得ないものもあっていいと思うのです。
職業ではなく生き方。
お金で価値ではきめられないもの。
探せば身の回りに多くあると思います。
日本で最初の出家者は女性でした。
善信尼、恵善尼、禅蔵尼の三名です。
当時の政治闘争に巻き込まれる形で出家することになったともいわれています。
しかし、日本の仏教において最初の出家者が女性であったというのはとても重大なことだと思います。
大聖人様の檀越の中でも女性の檀越たちが活き活きと信心に励んでいる様子がうかがえます。
男性、女性、国籍、民族、そのようなことにとらわれず、一つのいのちとしてお題目の信心をするということが社会の中で社会性にとらわれすぎない考え方を構築できるのではないかと考えています。
玄侑宗久師が「月刊住職」にこのようなことを書いています。
…神聖ローマ帝国のフレデリック大王を憶いだした。修道院に大勢の孤児や捨て子なとが溢れていた時代、この王さまはとんでもない実験を思いついた。当初は、子供というのは言葉を教えなくとも話せるようになるものか、それを確かめたいという思いつきだったらしい。そのため彼は、修道士たちに子供に話しかけないこと、しかもマスクを着けて目も合わせないよう求めた。完全なネグレクトである。当時修道院には五十人の子供たちか暮らしていたらしいが、食事は与えられ、風呂にも入れるし着替えもまともに行われるものの、その際の一切のコミュニケーションが禁じられたのである。
するとどうなったか? なんと四十九人が三年以内に死んでしまったという。そして残った一人も、六歳になる頃に死んだらしい。
月刊住職 60ページ
なんと愚かな実験だ!…と今の社会はこの王を批判できるでしょうか。
命を育むのは、すぐれた教育や安定した生活環境はもちろん、まずは壁のない命と命のふれあいではないかと思います。
いまさらながら、下記の通りの犠牲があったことを思い返します。
https://www.shugiin.go.jp/internet/itdb_shitsumon.nsf/html/shitsumon/a196363.htm
当時若かった自分にしても、PKOはその場しのぎの政治策のように見えていました。
大人になって犠牲となった高田晴行氏が自分の母校の先輩であることを知りました。
是非はいろいろとあるのだろうし、どちらの言い分も理解はできます。
ただどんな議論が交わされたとしても、犠牲となった方がいたことを忘れてはいけないし、どんな大義名分が掲げられたとしても一つの犠牲が軽く扱われたはならないことを肝に銘じておかなければならないと思うのです。
今日は午前中思いがけずたくさん雨が降りました。
お陰でカラカラだった土もすっかり潤いました。
先週から時々どかっと雨が降ります。

雨が降ると元気になるのが花々です。
ちょっと写真の色が撮影したものと違いますが、ライラックはもっと鮮やかな色をしています。

ハナミズキは今が一番綺麗に咲いています。

シレネも可愛らしい花をいっぱい咲かせています。
雑草には辟易ですが、花々には気持ちを明るくしてもらっています。
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