こちらの講座がとてもわかりやすかったのでご紹介します。
https://youtu.be/WJq903MLH2E?si=Nzwg_WBI57xZ9UOY
動画の中で触れたい話はたくさんありますが、ギリシア哲学が11世紀にわたっていたというのがなるほどと思いました。
紀元前5世紀から6世紀から紀元後の5世紀ですから、非常に長い期間ですね。
自分の生きている時間感覚がいかに短いものかと痛感させられます。
それにしても、高校生大学生にわかりやすく説明できるということは非常に難しいことで、この動画のように、概略を伝えつつ、哲学だからこその考え方を教えるというのは素晴らしいことだと思いました。
少し朝晩の暑さも落ち着いきたので、植樹をしました。

穴は以前に掘っておいたもので、地拵えをしておきました。
植えた木はグミの木です。
水鉢も作りました。

グミの木の実は食べることもできるそうです。
うまくできるでしょうか。
楽しみです。
ちなみに暑さ対策のため、根本の周辺に少し養生はしておきました。
今年は猛暑の影響で境内の植木などが枯れてしまいました。
あまりの暑さでできる限り水やりしたのですが、木によっては加湿になってしまったり、一方ではやっぱり水が少なすぎたりということがあったようです。
水やり3年
と言うそうですが、何年やっても成長がないようです。
土を触って、湿っているか、乾燥しているかを確認して水をあげるようにはしています。
でもまだまだ木によって水やりの頻度を調整しないといけないのかもしれません。
と思うのですが、結局の所こんなに暑かったら何をやっても意味をなさないのではないかと思います。
最近少し涼しくなってきたので(今日の日中の暑さは異常でしたが)、植木や花々の様子を見ながら、来年に向けて暑さ対策ができる方法を模索しています。
仏教説話を読んでいると、その時にはまったく心に響かないことが、また別の日には、年月を経て、改めて読んでみると、ものすごく実感をともなって受け止めることができる場合があります。
心境の変化というのでしょうか。
ただ、その心境の変化を感じるには、一度は触れてみて、
これは自分には響かないなぁ
という経験もしておかなければいけないと思いました。
そうしないと、いつでも自分の為になることばかり求めて、即物的な人間になってしまいそうだからです。
ラジオ等で、個人でも出来る地震対策として、家具の転倒防止があることを知りました。
そこで、とても有意義な情報として東京消防庁のページが紹介されていました。
https://www.tfd.metro.tokyo.lg.jp/hp-bousaika/kaguten/handbook/
とても参考になりました。
PDFで印刷することも出来るので、印刷して受付で見ることが出来るようにしました。
一切世間の治生産業は、皆実相と相違背せず
「檀越某御返事」
【訳】あらゆる世間の生活と産業は、みな仏法の真実と相違しない
仏法と聞くと縁遠いものと思われます。
信仰と聞くと、弱者のするものだと決めつけられます。
でも、世間におけることは、つきつめていけば、そこに必ず仏法があるのです。
自分のことを他人に理解して欲しいと思っても、なかなか理解はしてもらえません。
…という悩みをよく聞きます。
確かに、他者と真の意味で共感することができるというのは限りなく難しいことだと思います。
ですから、私たちは神仏と、また仏法との対話を繰り返してきました。
それは自分の内面との対話でもあるかもしれません。
現代はそのような対話はどんどん薄くなっていっています。
神仏との対話無くして人は自分というものをたもつことができるのでしょうか。
無理矢理でも他者との共感を求めるのでしょうか。
神仏以外の存在との対話を試みるのでしょうか。
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