蔵書に、
失敗の本質-日本軍の組織論的研究 (中公文庫 と 18-2)
あり、少しずつ読み進めています。
読み進めているというよりは、読んでは考え、ページを戻り、読むのをやめて、また読み直すというようなことを何年も繰り返しています。
このプロジェクトは昭和55年に始まったそうですが、戦後35年が経っています。
なぜ35年経ってなのか?
35年経って検証が行われるのが日本らしさなのか、それとも検証に入るにも35年の年月が必要だったのか。
そのどちらも当てはまるのではないかと考えています。
本日は勉強会を行いました。
ご参加いただき誠にありがとうございました。
引き続き日興上人について学んでいます。
厳格なお人柄であったといわれている日興上人ですが、それは仏教に対して真摯であることと、後の人を想う思いやりの強さから来ているのでないかと思います。
それゆえ、御消息には心温まるお言葉がたくさんあります。
こういう厳しさが現代にはあまり見られなくなったように想います。
厳格であるというのは、その人自身に求められるものも多くなり、その重圧も大変なものになります。
それでも思いやりからくる厳格さがない世の中というのは、どこかふわふわした抑えの効かない社会になってしまうのではないかと感じてしまいます。
どうやってインプット、情報を得ているのですか、と聞かれることがあります。
情報といっても、私たちは最新の動向を追うわけではなく、今までに表されたものを学んでいくということが主になるでしょうか。
そのインプットですが、これは、インプットするぞーとやってもなかなかインプットできないもので、インプットとアウトプットはいつも同じところにあると思います。
どんな事柄も、アウトプットするぞともってインプットすることで情報に熱が入ると思いますし、実際にアウトプットすることで、本当の意味でのインプットもできると思います。
ただ、本を読んでいたりという訳ではなく、いつでも誰かにどのように話すかを考えながら学ぶとよいのではないでしょうか。
そして、できる限り実際に話をしてみる、文章を書いてみるということが良い学びに繋がると思っています。
今日は、大根などの種を蒔きました。
例年からすれば、2週間くらい遅いのですが、例年というのもわからなくなってきています。
猛暑が続いていますので、昨年は種を蒔いても芽が出ず、どうも地の温度が高すぎるのが良くないらしいですが、結局大根は10月に入ってから種を蒔きました。
今年はこの1週間くらい雨が続いているので、とりあえず試しに蒔いてみた感じです。
早ければ1週間もせずに芽が出ますが、果たしてどうでしょうか?
本日は御報恩御講を奉修しました。
数日雨が続き、気温は下がりましたが、蒸し暑さがある中、ご参詣の皆様と日蓮大聖人様へのご報恩を謹んで申し上げました。
皆様ご参詣誠にありがとうございました。
法話では九郎太郎殿御返事を取り上げました。
最後の方で霊山浄土について仰せがあります。
現代は死んだら終わりと情のない時代になりましたが、鎌倉時代という生きるにも苦しい状況で、共に臨終のまた後のことを語り合われていることに真の豊かさを感じます。
物に溢れていても、情のない時代は残念で、寂しく思います。
本日は御逮夜法要を奉修しました。
謹んで日蓮大聖人様への御報恩謝徳を申し上げました。
法話では九郎太郎殿御返事を取り上げています。
物の価値はその時や場面によって変わることが示されます。
身延の自然環境では里芋は寶である。
現代のように飽食の時代ではそのもの価値はわからなくなってしまっています。
昔の方が物がない時代だからこそ、ある意味宝物に溢れていたのかもしれません。
御信徒とお話しする中で、数年前にあるスポーツの大会でプラカードを持っていた女子生徒が倒れたにもかかわらず、周りの人が助けなかったという話を聞きました。
その動画も確認したのですが、その方が仰るような状況でした。
あらためて言及するようなことでもないのかもしれませんが、残念に思ったので書きました。
気になった点は、
①スタッフが助けているとはいえ、また学生ですから適切な対応がわからないにしても、倒れた人に対してもう少し情のある行動ができなかったのか。
これに関しては、動くべきではないという議論もあるようです。ただ、やはり目の前で人が倒れて、それに手を差し伸べるということは、どんなルールよりも最優先すべきことのように思います。周りにいた人たちも、行動できなかったことを悔やんでいると思います。
②プラカードを女性が持つ必要があるのか
あまり今回のことには関係ないとは思いますが、プラカードは参加する選手が持つのでよろしいのではにでしょうか。
③なぜ挨拶を止めなかったのか
今回の大会は学生の大会です。学生がスポーツを行なうにあたって、一番優先すべきは、学生の身心の安全ではないでしょうか。目の前で学生が倒れたのなら、挨拶を止めて、救護を最優先すべきと思います。
学生に何ら責任はなく、周りの大人の行動がどうであったのか、とても考えさせられるニュースでした。
先日、睡蓮が咲いていると書きましたが、今度はトキワマンサクが咲きました。

確か春に咲く木だったと思いますが、猛暑の影響でしょうか。
どうも心身ともに体調を崩される方が多いようです。
これから秋口に入ってくると、寒暖差もでできます。
今は無理をされないように大事にお過ごしください。
本日は御書の素読を行いました。
前回までは『四信五品抄』を拝読してきましたが、今回は、その『四信五品抄』を執筆する契機となったと伝わる「不審状」を読んでいきました。
不審状は富木常忍さんが書かれたものと伝わりますが、富木常忍は門下を代表する形でこのお手紙を書かれたのではないかと思います。
いろいろと事細かなことを質問されていますが、大聖人様はその答えとしてはいたってシンプルで、四信五品抄に示されるように、一向にお題目を唱えなさいと仰せです。
それが全てではあるのですが、しかし、富木さんが示してくれた心掛けも重要なことだと思います。
信心に対して真摯な姿勢でいること、私と公を立て分けることなど、大変に学ぶことが多くあるのが「不審状」です。
次回も引き続き、御書の素読を続けていきたいと思っています。
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