このホームページはwordpressを使って作成しています。
10数年前に作成したときは、いろいろと苦労することも多く、もちろんこちら側が無知だったこともありますが、いろいろと煩雑な作業も多かった気がします。
最近はどうなのであろうかと確認してみたら、時代は変わったと思うほど、簡単に始めることができるようになっています。
解説する記事もたくさんあるし、少しでも知識があれば、気軽にはじめることができるようになっています。
snsもいいですが、ちゃんとしたホームページでブログを書いてみたいという方には、とても良い環境が整っているなと感じました。
3月11日、東日本大震災から14年となりました。
本日、お塔婆を建立し、謹んで追善回向を申し上げました。
東日本大震災から日本各地でも災害が頻発しています。
災害のとき、連絡をどうするかを確認しなければいけません。
こちらのサイトが参考になります。
171に電話をすればよいというわけではなくて、暗証番号を設定する場合もあったりするので、予行演習をしていくことが大事だと思います。
各携帯電話の会社にも災害用伝言板があります。
その使い方なども確認した方が良いと思います。
今年は結局どうにもなりませんでした。
ようやく本葉が2枚ほど見えてきたくらいです。
例年であればこの時期のは本葉が6枚以上になっているはず。
悲しくて写真にも納めていません。
こんな年もありますね。
生えてきてくれた芽を大事にして、これからも少しずつ生えてきそうなので、ボチボチ育てていきたいと思います。
そう言えば、芽が出たのですが、何故か双葉が消えて茎だけが残る芽がいくつもあります。
こんなことははじめてで、虫などがいる気配もないのですが。
不思議です。
本日は御報恩御講を奉修しました。
朝は冷えましたが、午後にはすっかり春らしくなり、御参詣の皆様とともに宗祖日蓮大聖人様への御報恩謝徳を申し上げました。
ご参詣を賜り誠にありがとうございました。
法話では、南条殿御返事についてお話しをしました。
建治2年のお手紙です。
御供養の志について御教示があります。
まだ10代の南条殿に対して、御供養をするということは、法華経を直接供養する、法を護ることになる、その志があってこその御供養であると仰せです。
志を大事にすることを改めて考えさせられる御書です。
短い御書ですが、文末には日興上人に何度も読んで聞かせてもらいなさいと大聖人様は仰せになられています。
私たちも何度も大事に拝読していきたい御書です。
本日は御逮夜法要を奉修いたしました。
謹んで宗祖日蓮大聖人様への御報恩謝徳を申し上げました。
法話では南条殿御返事をお話ししています。
建治2年のお手紙ですので、まだ南条殿は10代です。
10代にして一家の当主となり、幾人かの家来も抱えていたことであろうと思います。
その中で志を立てて信心をしていくことは並大抵のことではなかったと思います。
よく「信心は年齢ではない」ということを聞きますが、確かにその通りで、年齢によらず、結局は志があるかないかの違いなのであろうと思います。
最近のインターネット事情では致し方ない部分もあるにせよ、セキュリティの問題がなくても、セキュリティの面でいろいろと引っかかることが多くあります。
ダウンロードのページを作っても、セキュリティの問題を指摘されたりして、ダウンロードができないことがあったり、ページ自体の表示もできない場合もあったりします。
小さなところでやっている限りにおいて、証明書などを発行してもらう手続きは煩雑であり、またかかるものもかかってしまうので、それら全てに対応することは難しいなと感じています。
とりあえず、このサイトも遅ればせながら、httpからhttpsに変更しました。
これからどんどん厳しくはなっていくのだと思います。
致し方ないことですが。
今読んで言う文章に、
はい
という言葉がでてきて、これはどうも「はえ(蠅)」のことを言っているということがわかるのですが、では「はい」を「はえ」と直して良いかと、そうもいかないのかなと思います。
どうも江戸時代は、「え」を「いぇ」と読んでいたらしく(厳密にはもう少し複雑だったようですが)、そうすると「はえ」を「はい」と書いても、間違いとも言えないからです。
特にメモ書きのようなところでありますので、音のママに書いたとも考えられます。
江戸弁に「ひ」が「し」となったりして、そのときの雰囲気を感じようと思うと、「し」で残して置いた方が良い場合もあるでしょう。
まだまだ勉強が必要です。
本日は御書素読を行いました。
大聖人様の御書は声に出して読むからこそ分かることがあります。
そのことを実感するために、御書素読はとても大事です。
今日は御参詣の方々と御書「四信五品抄」を拝読しました。
意味をとらずに、なるべくそのままに読む。
合理的な現代にはあわない学び方かも知れませんが、今の時代だからこそ、そのままに触れることの大切さを感じます。
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今日、大船渡での火災のことについて話をしました。
とても胸が痛みます。
その中で聞いたことですが、たとえば草原において不注意で火がでてしまったときには、バケツで水をかけたりしますが、その火の状況によって違うことなので、判断は難しいですが、バケツの水を一気に掛けるのではなく、少しずつ手で水をかけた方が良いと聞きました。
ついつい焦ってざっとかけてしまいそうですが、そうすると思ったより火は消えないそうです。
いずれにしても状況判断が適切でないといけないことなので、日頃の防災訓練が大切であることを実感します。
大聖人様の御書を拝読していて、
「正しく」
という言葉がでてきますが、これを
ただしく
と読むべきか
まさしく
と読むべきかを悩みます。
意味としては、それほど明確な違いはないのですが、なんとなくニュアンスが違う気がします。
今のところ良い資料を見つけることができていないので、文中の雰囲気を見ながら読み分けています。
また、何か分かったらここで御報告したいと思っています。
最近のご意見