種種御振舞御書に
「いずみしきぶ、いろごのみの身にして…」
とあります。和泉式部が色好みでありながら雨を降らした、とあるところですが、この色好みは現在の意味とは異なります。
いろごのいみは、
「いろごのみ(色好み)」とは、恋愛の機微や情趣を深く理解し、洗練された恋愛を楽しむ人、またはその行為を指し、平安時代の貴族文化に由来する言葉で、単なる「好色」とは異なり、風流や教養も含む概念です。現代では「好色漢」のようなネガティブな意味合いで使われることもありますが、元々は優れた女性を選び、その霊力(巫女としての力)を得て国家を治める英雄の資質とされ、後に和歌や教養(数寄・雅)を楽しむ粋人(すいじん)を指すようになりました
とあります。
こういうところを気を付けて御書を拝読しなければいけないなと思います。
お寺にお参りしてくれたお子さんに、
1番好きなものは何?
と聞くと、
あれと、これと、それと、これ
とたくさんのものを挙げてくれたりします。
そうか、子供にとってと1番は一つじゃないんだ
と、とても新鮮な気付きでした。
別に1番は一つじゃなくてもいいのに、いつから1番は一つだと思うようになってしまったんだろうと不思議に思います。
日興上人のことを学んでいると、本当の厳しさとは何だろうかと考えます。
ただ、厳しいだけでは、がんじがらめになって、人は思考をしなくなってしまいます。
しかし、厳しさがなくなれば事故が起きる。
どっちなんだと考えるのですが、日興上人は思いやりに溢れた厳しさであったことがわかります。
たとえば、10回やって1回間違えた。
1回だから思いやりを持って見過ごす。
でも10回中、8回も9回も繰り返している。
それは思いやりをもって厳しさを伝える。
相手を思いやる心が大事なんだろうと思います。
ただ難しいのは、その思いやりが相手に届かないことがあることですね…。
忍辱の世の中です。
今日は当地でも朝は冷え込みました。
畑の方に出てみると、

霜とまではいきませんが、一面真っ白でした。
全国的にかなり冷え込んでいるようです。
でも昼間はポカポカ陽気と言って良いほど、日差しも暖かく、日の当たるところでは過ごしやすい1日になりました。
◇◇
法事を申し込んできてくれた男性。
その男性のお父さんは、
「息子たちには法事なんてしなくていいからって言ってるんよ。息子たちはそもそもせんじゃろうけどなぁ。」
と仰ってました。
そのお父さんが亡くなって、子どもたちは親の意に反し、丁寧に法事をしてくれています。
子供の孝養の志を親がどうこう言わなくてもいいんだろうと思います。
教育の問題がいろいろと言われる時代です。
古い本を見ても、
「最近の若者は…」
と書いてありますから、今の時代に限ったことではないのかもしれません。
教育の問題は、受ける側、教える側のどちらかに原因があるのではなく、どこか二つが噛み合っていないように感じます。
受ける側、教育を受ける理由を見失っている。
教える側、教える熱意を失っている。
現代の教育は、「教」に重点が置かれていますが、教育は「育む」ことでもあります。
育つ、育むことについて考えてみることも必要だと思います。
様々な研究をされている方と話す機会があって、全くど素人の質問を投げかけてしまうことがあります。
とても丁寧に回答していただいて、何だか申し訳ない気持ちになっていることを伝えると、
「いやいや、こちらもとても勉強になります、いろいろな見方がわかるので」
と御返事いただくことがほとんどです。
最初は気を使って仰ってくださっていると思っていました。
しかし、今は本当にそう思っていらっしゃると感じています。
深く研究するほど、他の視点を得たいと思うし、噛み砕いて話すこともあるからです。
と思っていますが、気を使ってくださっているだけだったら、どうしよう…。
本日は御経日を奉修しました。
御参詣の皆様と謹んで先祖諸精霊の追善回向を申し上げた次第です。
御参詣いただき誠にありがとうございました。
法話では「道場神守護事」についてお話しをしました。
なにか不安な状況にある富木常忍に法華経の信心が堅固であるものは必ず諸天善神が守護してくれるから心配することはないと励まされているお手紙です。
大聖人様のあたたかいお心を感じることができるお手紙です。
私たちは何か困ったときに祈りを捧げるものです。
人間の性とも呼べると思います。
ただ、このお手紙ではもう少し踏み込んで、日頃の信心があれば、特別に諸天善神の守護を願わなくても、自ずと諸天善神は守護してくれると御教示です。
これは、何か困ったときの信心ではなくて日頃からの信心が肝要なのだと思います。
日々、信心に励むことが何よりも大事なのです。
◇◇
明日以降寒さが厳しくなるようです。
くれぐれも大事にお過ごしください。
最近のご意見