厳しさと思いやり

日興上人のことを学んでいると、本当の厳しさとは何だろうかと考えます。

ただ、厳しいだけでは、がんじがらめになって、人は思考をしなくなってしまいます。

しかし、厳しさがなくなれば事故が起きる。

どっちなんだと考えるのですが、日興上人は思いやりに溢れた厳しさであったことがわかります。

たとえば、10回やって1回間違えた。

1回だから思いやりを持って見過ごす。

でも10回中、8回も9回も繰り返している。

それは思いやりをもって厳しさを伝える。

相手を思いやる心が大事なんだろうと思います。

ただ難しいのは、その思いやりが相手に届かないことがあることですね…。

忍辱の世の中です。

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