今は良い時代で、どんどん様々な媒体に様々な記録ができるようになりました。
一方で記録を読み解く力が足りないと自省を繰り返しています。
人間が記録するのですから、実はどんな記録も主観的なものになるのであって、その主観性のあるものから客観的なものを見いだしていく、それが記録というものを活用する上での注意点になるかと思います。
手塚治虫さんや、水木しげるさんは、素晴らし作品を残しつつ、戦争の記録と記憶を残されています。
手塚治虫さんはこう仰います。
「正義」の名のもとに、国家権力によって、人々の上に振り下ろされた凶刃を、ぼくの目の黒いうちに記録しておきたい。
https://todays-list.com/i/?q=/ubggCxdbcd/1/4/
膨大な記録は財産です。
読み解く力をつけなければいけないと痛感しています。
梅雨に入ったけども、暑い日が続いています。
この辺りではよくあることで、梅雨入りすると逆に雨が降らなくなります。
県北の方では雨が良く降っているようですが、どちらかというと県南は蒸し暑くなるだけ。
そして、梅雨の終わり頃に書けて雨量が増してきます。
気をつけなければいけません。
この時期、暑いのですが、雨も降りますから、花々がぐっと美しく咲くようになります。
美しい花の周りは、よく眺めに行くこともあって、雑草が少なかったりします。
目が届くからでしょうか。
「桃李もの言わざれども、下自ずから蹊を成す」
桃ももや李すももの樹はものを言うことはないが、実を取るのに人が通って自然に小道(蹊)ができるように、人徳ある人には自然と人が集まることのたとえ。
最近よく思い浮かべる言葉です。
当門流では、仏様にお供えするお花はシキミです。
花なのに木?
と思われるかもしれませんが、仏花としてシキミをお供えします。
これは当門流に限ったことではなく、以前は多くの宗派がシキミをお供えしていました。
ですから、場所によっては、「花の木」とシキミのことを呼ぶほどです。
最近は、色花が用いられることが多くなり、シキミに対する理解が薄れてしまったのは残念です。
「シキミじゃ可愛そうだから、色花をお供えする」
ということを言うそうです。
では、その方に聞きたい。
「神さまにお供えするのがサカキでは可愛そうだから、サカキの代わりに神さまに色花をお供えして欲しい」と言いますか?
きっと言わないでしょうね。
シキミに対する理解が薄れてきたのは、仏様をどう拝するかということが曖昧になってきたことの裏返しなのかもしれません。
ときに自分が批判的になりすぎるきらいがある…、と若い時分に思っていたことがあります。
なにを見ても、なにを読んでも、とにかく批判から入る。
自分としては、それで良いと思っていたけど、他人から見ると、その批判的な姿勢はある意味滑稽なものに見えていたようです。
それに気付いて、とにかく一回批判的な姿勢を止めてみると、とても気付くことが多くあることがわかります。
なにを見ても、「大変な思いがあったのだろう」「こういう苦労があったのではないか」「こんな工夫のしかたもあるのだな」といろいろと学ぶことができます。
そして、その上で「批判するべきことを批判する」姿勢というが出てきました。
そうすると、それまで滑稽に見られていたその姿勢が、実に理解をもって見て下さるという変化を生んだのです。
決して「批判するな」と言っているわけではありません。
ただ、やみくにも批判するだけではいけないということです。
御報告といいますか、先日投稿しました分蜂ですが、本日ミツバチたちが飛び去っていきました。
住み家を見つけたようで、いっきに飛び立ち、いっせいに次の住み家に向ったようです。
ここ二、三日は雨が続いたので、ずっとおとなしくしていました。
今日は朝から晴れたので、何だか活発に動き出し…。
ハチたちの集まりが大きくなったり小さくなったり…。
数日の間は、気がつく度に眺めていたので、集合体にも慣れてきたところでした。
飛び立つと少し寂しさがあります。
しかし、自然の力のすごさを改めて感じた出来事でした。
住み家が見つかったようで良かったです。
ところで、映像をいくつか撮影しましたが、これを公開するかどうが、とても悩んでいます。
正直言ってあまり気持ちの良い映像ではないので…。
皆さん、見たいですか?
法眼寺の印刷物などは、indesign というアプリケーションを使っています。
レイアウトを容易にできることに重点をおいたアプリケーションで、とても使いやすいのですが、結構バグが見つかることがあります。
今日も一つバグにぶつかって七転八倒しておりました。
文章内で割注を多用すると、その行だけ文字のレイアウトが崩れる場合があります。
下記のリンクが詳しいので、心当たりのある方は御覧下さい。
マニアックな話ですが、解決策が見つかって良かったとホッとしています。
現在調べていることの中に、「正親町家」のことが出てくるので、少し正親町のことを調べています。
正親町と言えば、正親町天皇が有名です。
それから正親町家という公家と華族の家系もあります。
それでいつも思うのですが、なぜ正親町は「おおぎまち」と読むのか。
もともとは地名で、官職に由来するともありますが、それでも「おおぎまち」と呼ぶ理由としては納得できない感じです。
地名ってこういう理由がよくわからないものがよくあります。
人間が営む文化文明とは、思いもよらない形で変化していくものなのですね。
昨日夕方、境内の灯籠のとこでブンブンと音がするので、何だろうと思っていたら、大量のミツバチがっ!!!
朝掃除をしていたときには無かったのに、いつのまにか、というかあっという間にミツバチの大群がそこにいるのです。
もう大混乱です。
慌てふためいていろいろ調べると、駆除するか、養蜂場などに引き取ってもらうという手があるとわかりました。
そこで今朝早速近くの養蜂場に連絡したら、これはミツバチの分蜂であるということがわかりました。
巣がいっぱいになると、溢れたミツバチたちがお引っ越しするまでに、いったん拠点にする場所であるそうです。
養蜂場の方によれば「二、三日のうちにいなくなりますから、心配しないでください。もしその場所に巣をつくるようなことがあったら連絡をください」とのことでした。
ホッと一安心です。
ということで、数日様子見です。
写真と動画を撮影したのですが、結構衝撃的な画になってしまったので、またどこかで紹介することとします。
とっても親切丁寧に対応をしていただいた、
の皆様、本当にありがとうございました。
本日は御報恩御講でした。
参詣者の皆様には感染症対策へのご協力誠にありがとございます。
謹んで宗祖日蓮大聖人様への御報恩を申し上げました。
今日は、現状のウクライナ情勢などを踏まえつつ、護ることとは何たるかをお話ししました。
今私たちが日常的に当たり前に出来ていることは、当たり前のものではないと気付くことで、世の中の見方が変わってきます。
この視点を常に忘れないようにしていきましょう。
昨日は雨でしたが…、

虹が出ました!
何年ぶりでしょうか。
こんなに空に広がる虹を見たのは。
感激しました。
最近のご意見