今日は布ゾウリ作りを行いました。
いつもの通りワイワイと対話をしながら、楽しく作業ができました。
1回2回作ったくらいでは、ダメだね。
体が覚えるくらいしないとね。
と皆んなで話し合いました。
布ゾウリ作り一つをとってもそうですが、技術というのはマニュアルに書かれたものではなくて、人間が実際に行動することで、はじめて形になるものです。
技術の継承というのは、行動の継承といえるかもしれません。
信心の継承についても話が進みましたが、どれだけ口でいっても、どれだけ理屈が成り立っていても、実際の行が伝われなければ、信心の継承はできないということがあります。
つながりが薄れている時代に、どのように行動を継承していくか、大変な課題です。
またヤマモモの話題ですが、

ちょっと集めただけでこんなに収穫できます。
雨でボロボロ落ちてしまうので、少しずつ収穫しています。
味は甘酸っぱくて、好みは分かれるようです。
近所のお子さんたちにも食べてもらいましたが、最近の子はあんまり食べないですね(笑)もっと美味しいものがたくさんあるので。
でもこの甘酸っぱさがやみつきになったりします。
ハルシネーションとは
ハルシネーションとは、人工知能(AI)が事実に基づかない情報を生成する現象のことです。まるでAIが幻覚(=ハルシネーション)を見ているかのように、もっともらしい嘘(事実とは異なる内容)を出力するため、このように呼ばれています。
https://www.nri.com/jp/knowledge/glossary/lst/ha/hallucination
であることを知りました。
人工知能は大量の情報をもとに新しい情報を生成するのですが、新しい情報を生成できるほどの情報がない場合に、根拠がない情報を作り出してしまうそうなのです。
人工知能の能力の高さを感じると共に、まったく根拠のない情報を作り出してしまう怖さを感じ…
ません。
だって、人間だって同じことをしますから。
だから、一つの情報基だけでなく、複数のところから情報を得ることが大事なのです。
また実際の体験に基づく経験が、そこらに散らばる情報より有益な場合があることも大事な点だと言えると思います。
とにかく、
人工知能だって、人間と同じということですね…
というこの発言…、人工知能のミスが人間のミスに近いということを考えると、やっぱり怖いかも…?
動画のコメントで、
何故足るは足なの?
という質問をいただいていました。
ご質問をいただくまで考えたことがなかったので、言われてびっくりしました。
ということで、いろいろ調べてみましたが、はっきりとした答えはわかりませんでした。
インターネットでも調べていただくと分かりますが、いろいろな意見があるようです。
こういうことは結構あって、言葉の不思議さを感じます。
仏教用語には、サンスクリット語の音写の言葉がたくさん出てきますが、意味がないとは思えない程、不思議なニュアンスの漢字が並んだりするので、一種の神秘性を感じたりします。
今年はヤマモモが

例年よりもたわわに実っています。
というのも、春先にすかし剪定を行いました。
そうすることで実の数をあえて減らし、木の栄養を残った実に振り分けることができるそうです。
お陰でとても大きい実がしっかり育っています。
ヤマモモは熟すとどんどん落ちてしまうので、お立ち寄りの際にはどうぞご自由に収穫して下さい。
甘酸っぱくて美味しいです。
下記の本を読んでみました。
コミック昭和史(1)関東大震災~満州事変 (講談社文庫)
作者は水木しげる先生です。
いつもの可愛らしいげで、少し不気味な雰囲気で、昭和という時代が明かされていきます。
歴史の記述に関しては、いろいろと意見があると思いますが、昭和の時代を生きた作者の生活も横に描かれていて、むしろそちらの方が興味があったりします。
時代が違うだけでは片付けられない何かかがあります。
説法をするにあたって、台本のようなものを作成します。
そういったものがなくても説法が出来る方もいらっしゃるようですが、頭の中を整理するためにも、自分にとっては台本作成が欠かせません。
昔の方も同じように台本を作成していたようです。
そういった説法集のようなものが現存していて、見ることができるのですが、読んでみると、その緻密な勉強の様子に驚くばかりです。
丁寧さとも言えるでしょうか。
読む度に反省させられます。。
「立てれない」
って岡山弁ですよと教えてもらいました。
だって「立てない」で通じるでしょ、
とのこと。
えぇ違うよ、これは立てることが出来ないという意味で、「立てれない」とつかっているですよ、
と反論すると、
立てれないは、ら抜き言葉になっているし、らをいれた「立てられない」だと別の意味になるでしょ、
と。なるほど、本当ですね。
気付かないうちに使っている方言がまだまだありそうです。
以前から、
木の二画目ははねると×
というのが何故だろうと思っていました。
確かに教科書でははねていませんが、書道の手本などでははねていたりします。
さらに書いてみれば分かりますが、木の二画目などははねた方がよっぽど書きやすいのです。
どうも納得いかないと思っていたので、調べて見たら、
https://toyokeizai.net/articles/-/188728
上記のような記事を見つけました。
どうも「どちらでもよい」というのが正解ならしくて、でも、それだと曖昧なので各自の判断に任せたら、教科書体が勝手に正解となってしまった…ということらしいです。
記事内にもありますが、国も平成28年に文化庁が指針を示しています。
常用漢字表の字体・字形に関する指針(報告)
https://www.bunka.go.jp/seisaku/bunkashingikai/kokugo/hokoku/pdf/jitai_jikei_shishin.pdf
なんと240ページ近くあります…。
読んでみると、教える側の難しさも十分理解できるのですが、だからといって、教科書の通りの文字しか正解にならないのでは、漢字の歴史と文化の面白さを学ぶ機会が失われてしまうのでは無いでしょうか。
ちなみに指針では明確に一部のフォントが漢字を規定するものではないことを示しています。
最近のご意見