今日から秋の彼岸となりました。
お彼岸は、春は春分の日を挟んで前後3日間の7日間、秋は秋分の日を挟んで前後3日間の7日間になります。
よく、
お盆と近いから秋の彼岸は…
という声を聞きます。
確かに西日本では8月にお盆で、9月に秋のお彼岸ですから、お盆が過ぎるとすぐ彼岸という感覚はあるかもしれません。
ただ夏の厳しい時期を過ぎて秋から冬に向かっていくときにもう一度自分を見つめ直すという意味でも、秋の彼岸は大事な期間になると思います。
ただのお休みとは思わずに大切に過ごしてほしいと思います。
大辞泉や大辞林、広辞苑などの中型辞典を手にすると、やはりインターネット検索では得られない、ある種の学問的高揚感があります…というような偉そうな言い方になりますが、こういう辞典を引くと楽しいなと素直に思います。
別に調べる必要の無い言葉などをザーと眺めていくだけでも面白くて、知らない言葉がこんなにあるのかと驚くばかりです。
結構時間を忘れて見入ってしまったりするのですが、こういう辞典を手にすると、
「日蓮」「鎌倉時代」
の項目をついつい見てしまうのは、僧侶あるあるでしょうか。私だけでしょうか(笑)
今日は中秋の名月。

とても美しい月でした。
ただ、どうも満月に見えません。
中秋の名月は満月だろうと勝手に思い込んでいたのですが、どうも違うようです。
https://weathernews.jp/s/topics/202409/160225/#:~:text=中秋の名月=,日」と決まっています%E3%80%82
驚きました。勝手な思い込みというのは間違えのもとですね。

宗祖は月に月天子を観ていらっしゃったと伝わります。
確かに月をじっくりみると不思議な感覚を覚えます。
たまには夜空を見上げることも大事です。
今日改めてこのホームページを見返してみると、作成されたの2014年の5月のことで、10年以上経っていることが分かりました。
最初の記事は下記の通り。
恥ずかしながら10年も経っていることに気がつきませんでした。
10年経っても特に成長の無い?ホームページですが、続けることの大事さを感じています。
今後も更新を続けていきたいと思っております。
こんな本がありました。
https://www.amazon.co.jp/にわには二羽ニワトリがいる-がっこう早口ことば-ながたみかこ/dp/4811331044
実際に言ってみると…全然言えません。
以前にベテランアナウンサーが、滑舌のトレーニングのために、寝ながら大きな声で新聞を読むということを行なっていると聞きました。
確かに話す機会が少なくなる、そもそも話す筋力が落ちて、思うように話せなくなるそうです。
上手に話すのもトレーニング、いや、何事もトレーニングだなと感じます。
そういう意味では早口言葉は大人も楽しんでトレーニングできるものだと思います。
久しぶりの恵みの雨が降り出しました。

夕方の室内の気温でもこのような感じなので、この雨で気温も少し落ち着いてくれるかと期待しています。
今年の中秋の名月は、
9月17日(火)
にあたるそうです。
なんだか汗をかきかき、月を愛でるお月見になりそうです(笑)
宗教と科学は対立する、そういう視点で描かれた作品は多数あります。
前時代には確かに対立の構造はあったのでしょうし、一部の宗教では現在でも対立する傾向にあります。
こと仏教においては科学と対立する理由などありません。
なぜなら森羅万象をしずかに観察することで、人を含めた全ての物事を探求していくからです。
そういう意味では科学との親和性が高いとも言えるかもしれません。
とはいえ、両手で科学を礼賛するのもどうかと思います。
科学が宗教の行き過ぎに歯止めをかけてくれたように、信仰が科学の暴走に待ったをかけることも必要かと思います。
長年読みたいと思っていた岡山県史を手に取って読み始めました。
大変面白く、もっと早く読んでいたら良かったと思っています。(どの分野に対しても同じことを思うのですが…)
ただ、聞きなれない、読みなれない用語が頻出します。私の勉強不足なだけですが..
たとえば、
部民
です。意味は、
部は〈ベ〉とも〈トモ〉ともよむ。日本では大化改新以前に,朝廷あるいは天皇・后妃・皇子・豪族などに隷属し,労役を提供し,また生産物を貢納した人々の集団をいう。
です。
意味を調べているうちに県史とは別のことを調べはじめるのは、いつもの通りです。
断捨離は仏教の教えですよね?
と聞かれることがありますが、断捨離は仏教の教えではありません。
調べると提唱者の名前が出てきたりしますが、ある程度の伝統宗教であれば、つまるところシンプルライフ的なものを提唱しますので、断捨離というのはどこにでも当てはまるようなものだと思います。
断捨離に関する本などもいろいろと出版されているようで、断捨離のススメなどいうことなのだと思います。
基本的には必要ではないものを捨て、必要ではないものを求めないということが大事なのですが、現代社会は如何に必要ではないものを必要であるかのようにイメージさせて個人に取得を促すシステムになっていますから、断捨離をする方も必死にならないと、なかなかできないということがあったりします。
断捨離したものと同じものをまた買いました。せっかく捨てたのに。。
なんていうことも多いようです。
なので、あまり捨てるということを大事にするよりも、まずは身の回りにあるものを大切に使うということからはじめてみてはいかがでしょうか。
磨けるものなら磨いてみる。
ぐちゃぐちゃにおいているものなら、まっすぐ整える。
汚れがついているなら拭いてみる。
そうして、ものを大切に使うと、自分に必要なもの、必要でないものも自然と見えてくるのではないかと思います。
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