春季彼岸会法要

本年も春季彼岸会が奉修されました。
18日21日の両日に亘って奉修いたしましたが、
21日は特に足元の悪い中、大勢の御参詣を賜り、
誠にありがたく思う次第です。

《法話》

「今生きているこの一日を」と題して、お話をしました。
大聖人様の御教示に、
「まずは臨終の事を学んで、後に他のことを学びなさい」
があります。

尊厳死や安楽死の内容を取り上げつつ、今医療をどう捉えるかについて考えてみました。
臨終を知るということは、すなわちどう生きるかということです。
何を信じ、何を支えとして、必ず来る臨終を迎えるのか?
それまでどう生きるのか?
先の御教示は、このことを私たちに問いているのではないでしょうか?

苦しい、痛い、つらい。
こんな自分に生きる意味はあるのか?
誰しもが自分に問うた機会があると思います。

でも、生きる意味を求めても、なかなか答えは出ません。
では、意味が見つからなければ投げ出しても良いのか?
そんなことは無いはずです。

苦しい、痛い、つらい、意味が見いだせない。
そんな一日でも、生きる価値は必ずあるはずです。

生きる価値を否定してはいけません。

一日でも永らえることは、本当に素晴らしいことです。

日蓮大聖人は仰せです。
「一日もいきてをはせば功徳つもるべし。あらをしの命やをしの命や。」

 

《ひとこと》

境内地の薄墨桜が咲きました。
まだ満開に咲くほど大きく育ってはいませんが、
可憐な華を咲かせてくれています。
ご自由に見物してください。

 

 

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