雑記
法話や勉強会をするにあたり、なるべく平易に話をすることを心がけています。
それはただ難しいだけではなかなか伝わるものも伝わらないからです。
一方で、学ぶ方も必死にならないと学び取ることはできないと思います。
平易に語られているものは、あくまで平易なものでしかない場合が多いからです。
先輩たちの勉強会などにでたときには、最初は何を話しているのかさっぱり分かりませんでした。
話している内容がわからないので、とりあえず聞こえた単語を平仮名でメモをして、
それを帰ってから辞書などで調べるということをしていました。
そうやって調べてもわからないことだらけですが、そのうちに勉強会で交わされる会話の内容が
少しずつわかってきます。
会話の内容が分かってくると自分に何が足りないかも分かってくるので、その部分を重ねて勉強するようにします。
そうやって少しずつ法門の内容を学んでいっています。
学べば学ぶほど分からないことがでてきますが、少しずつ見えてくるものもあったりします。
現代はとにかくわかりやすさが優先されますが、そのわかりやすさの陰でそぎ落とされてしまった大事な部分や、
困難な内容を学んでいく過程で得る学びの本質などが失われていると感じます。



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