実相

実相をどう捉えるかというのは非常に深い法門なので、少しの解釈のずれによって、分かったようでも真実義から大きく離れてしまうことがあります。

ですから、実相という法門を捉える上では、なるべく飛躍した解釈は用いないで、少しずつ丁寧に解釈を試みることが重要では無いかと思います。

その上で、法師品には、

「皆実相と相違背せず」

「仏が説かれた法は、みな実相と違背しない」

とありますから、仏語をもって実相を観ていくということに挑戦し続けなければいけないのではないかと思います。

とかく、西洋の哲学などをもって、仏教を語る節がありますが、それはある意味思想の混乱のもとになるのではないかと危惧しています。

あくまで素朴かつ純朴に仏語と向かい合うことが重要と思います。

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