雑記

以前にも書いたかもしれませんが、仏教は哲学だと言われることがあります。

確かに仏教は法理が非常に整っていて、どこまでも突き詰めていくことができます。

また言葉で説明することをためらわないこともありますから、哲学的であるともいえるかもしれません。

しかし、どうしてもここに違和感があります。

それを何であろうかと考えていましたが、今日御信徒と話をしていた思ったのが、

法は哲学的であったたとしても、その法を行ずるところでは、それはやはり信心であるということではないかということです。

そして、そもそも法と行は切っても切り離せませんから、やはり仏教というのは哲学であるとはいえないと思いました。

まだ言葉の整理が付いていないのですが、実の振る舞い=行のところに、法理だけにはおさまらない、仏教の大切なところががあるのではないかと感じています。

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