読経
土光敏夫さんの「日々に新た」を読んでいます。
もう今は絶版のようです。
熱心な法華信仰者であった土光さんの言葉です。
…普通の人とはちょっと違うのは、朝晩、お経をあげることだろうか。これは小さいときからの習慣で、そうしないと気がやすまらないからです。ー中略ー現役時代もいろいろな失敗があった。だから家に帰って寝る前に、「きょうも失敗しました。あした頑張りますから」といって、お経をあげながら懺悔するわけだ。それで安眠できるんです。ぼくは安眠しないと次の日、動けない。そしてあくる朝起きたら、「きょうはもう少し本気でやりますから…」と手を合わせる。ぼくみたいな凡人が生きていくためには、精神の安定が要るわけですよ。つまり、お経をあげるのは、気持ちの上で区切りをつけることなんだ。過ぎ去った一日に過ちはなかったか。あるいはこれから迎える一日を正しく送れるかと。
習慣の中の読経は特別なことではなく、しかし、何事にも代えがたいものなのだと思います。

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