今日は雨模様ですが、先日のお経日は誠に秋晴れのひとことでした。

雲一つないすっきりした空でした。
気持ちが良い季節になってきました。
時代的に、〇〇と秋の空とは言いませんが、秋の空は変わりも早いそうで、確かに今日の天気は一転どんよりしています。
ちなみに以前間違えて使ってしまった小春日和は、10月下旬あたりからの暖かい日を言うそうです。
youtubeにコメントをいただいて、微調整ということについて思い直しました。
微調整するということがとても大事だと思っています。
ものごとを大きく変化させることを社会も個人も求めますが、それほど大きな変化は起き得ません。
起きたとしても、大きな変化は弊害が大きく、結局受け入れられることもあまり多くないでしょう。
世の中は、知らないうちに微調整されて、気付くと大きく変化していることが多いのです。
一人の人間にしてもそうであって、日頃に気付かない変化が積み重なって、いつの間にか大きな変化となっています。
ですから、日々微調整することが大事だと思っています。
何か物事をはじめるときにもそうで、大きな事から始めるのでは無くて、微調整程度の小さなことから始める。
自分の状態がおかしくなったなと思ったら、これも大きく引き戻すのでは無く、少しずつ引き戻す。
時間がかかるようでも、微調整が一番近道になるのではないかと思います。
◇更新ができていませんでした。
ホームページの更新の影響でしょうか、二日ほど記事の更新が出来ていませんでした。失礼いたしました。
◇SAT大正新脩大藏經テキストデータベース
https://21dzk.l.u-tokyo.ac.jp/SAT
大蔵経をインターネットを通じてみることができるということで、調べたいときに大変重宝してるこちらのサイトですが、これほど膨大な資料をどうやって作り上げてきたんだろうと思っていました。
なにか書籍のようなものがあれば良いのになと思っていたのですが、ありました。
下田正弘・永﨑研宣編『デジタル学術空間の作り方 仏教学から提起する次世代人文学のモデル』全文公開サイト
しかも、無料で全文公開してくださっているということで、時間のあるときに読んでみたいと思っています。
今、「疑う」ということが大事なこととして、捉え直されているように思います。
世の中にあることをあまりに正直に受け止めすぎてはいけない。
たとえば、便利であるということは、その便利の裏側に便利でないはずのものがたくさんあると疑う。
効果がある、有益であるということは、別の場所に有益でないものが押しつけられていると疑う。
このような疑うは、物事を多数の視点から見ていくことでもあります。
仏教者という姿勢においては、自分の見方ではなく、仏様からの見方を常に考えるということです。
ヘルプミーハンドサインをご存知でしょうか?
今日、教えて頂きました。

声を出して助けを求めることが出来ない状態で、助けを求めるサインのことです。
下記のリンクに詳しくあります。
http://kodomoanzen.org/feature/now_can10.html
どこまで普及するかはわかりませんが、知っておくことで、自分も他人も助かるときがあるかもしれません。
サインに気付き、行動するときは、一人での行動はなるべく控え、だれかと共に行動することなども教えてもらいました。
今日から秋の彼岸です。
お彼岸のお参りがあり、
少し涼しくなってきましたね。
と話をしています。
暑さ寒さも彼岸までですね。
なんと、彼岸花が咲きました。


なぜ、なんと!なのか。それは、ここ数年9月下旬まで暑さが続いていたので、昨年は10月中旬になってから彼岸花が咲いていたからです。
彼岸花も季節を間違えるようになったと話をしていたのですが、今年は久しぶりに彼岸に彼岸花が咲いたように思います。
今日から1週間はお彼岸の季節です。
鉢植えの木や花が突然枯れることがあって、どうしてなんだろうと思っていました。
水もきらさず、肥料もそれなりにあげていたつもりでしたので、枯れる理由が分かりませんでした。
今日、
それはたぶん根っこを食べる虫がいるからだよ
と教えてもらいました。
そこで、枯れた木の鉢をひっくり返すと…
わんさか。
わんわんさかさか。。
虫さんが理由だったようです。
では対策をということですが、薬を使うのも可哀想だと思っていましたら、原因を教えてくれた方が、
土を遮光の袋に入れて(黒い袋か、堆肥などが入っていた袋)、日の当たるところにおいておけば良いですよ。
と教えてくれました。
それならということで、早速試してみたいと思います。
それにしても、びっくりした…。
蔵書に、
失敗の本質-日本軍の組織論的研究 (中公文庫 と 18-2)
あり、少しずつ読み進めています。
読み進めているというよりは、読んでは考え、ページを戻り、読むのをやめて、また読み直すというようなことを何年も繰り返しています。
このプロジェクトは昭和55年に始まったそうですが、戦後35年が経っています。
なぜ35年経ってなのか?
35年経って検証が行われるのが日本らしさなのか、それとも検証に入るにも35年の年月が必要だったのか。
そのどちらも当てはまるのではないかと考えています。
どうやってインプット、情報を得ているのですか、と聞かれることがあります。
情報といっても、私たちは最新の動向を追うわけではなく、今までに表されたものを学んでいくということが主になるでしょうか。
そのインプットですが、これは、インプットするぞーとやってもなかなかインプットできないもので、インプットとアウトプットはいつも同じところにあると思います。
どんな事柄も、アウトプットするぞともってインプットすることで情報に熱が入ると思いますし、実際にアウトプットすることで、本当の意味でのインプットもできると思います。
ただ、本を読んでいたりという訳ではなく、いつでも誰かにどのように話すかを考えながら学ぶとよいのではないでしょうか。
そして、できる限り実際に話をしてみる、文章を書いてみるということが良い学びに繋がると思っています。
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