明日は如来寿量品第十六の後半の動画をアップする予定です。
「法華経のはなし」をはじめようと思った部分について述べています。
話をしながら、何となく感慨深いものがありました。
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今日は突然の大雨でした。
びっくりするぐらいの雨が30分ほど降りました。
まるでスコールでした。
大雨の途中、一級河川を挟んで5キロほど離れた方から電話がかかってきたのですが、そちらは全く雨が降っていなかったそうです。
日本は何だか大陸性の気候に変わってきたような感じです。
ちょっと聞いていたラジオで、研究とは
仮説と検証の繰り返し
であると言っていました。
言われてみると当たり前ですが、とてもなるほどなと感じました。
当てもなく検証をしても、なにも発見はありません。
まず先に仮説を立てる。
では、その仮説はどう立てるか。
先行研究を学んだり、ハッと思いつくこともあるでしょうか。
ちゃんとして仮説を立てることができるというのも重要なことだと思います。
今日は長崎に原爆が落とされた日です。
長崎市長の言葉にはあらためて平和を目指す難しさを感じました。
何かを所持しているから平和の均衡は保たれているのでしょうか。
では、なぜウクライナで戦争は起きているのでしょうか。
各地で紛争は繰り返しているのでしょうか。
何かを所持しているから平和が保たれるとは思いません。
何を所持していたとしても、何も所持していなくても、人間は争いを生み出すものだと思わざるを得ないのです。
そして、その人間の本質には人間はなかなか目を向けることができないのです。。
そういえば今年のトマトをご紹介していませんでした。

今年はとても多くトマトを収穫できています。
暑い日が続くのは人間には辛いですがトマトにはとても良い条件のようです。
それと今年は連作障害に気をつけて畑を準備しました。
昨年まではそれほど影響はないだろうと思って、適当にしていたのですが、やはり良くなかったようです。
…と書いていますが、今年は何だか上手く行ったというだけかも知れません。
いつも参考にならなくて申し訳ございません。
今日は本当に久しぶりに雨が降りました。
暑さが続いていたので、少しホッとしましたが、台風の被害が大きいところもあるので、手放しでは喜ぶことができません。
また新しい台風も出てきたようです。
最近台風がウロウロしながら、様子をみて、こちらにやってくる感じがあって、余計に恐ろしさを覚えます。
森羅万象は人知を超えるものであるのは十分分かっているつもりですが、それにしても最近の台風の動きには驚かされます。
離れた地域でも甚大な被害を及ぶこともありますので、皆様十分に気を付けてお過ごしください。
今日は広島に原爆が落とされた日です。
朝晩のお勤めで謹んで御回向を申し上げました。
この時期になると戦争の話がいろいろなところから聞こえてきます。
もっともっと戦争の話をした方が良いのではないか。
毎年思います。
戦争の話をなるべくタブー視してはいけないと思うのです。
先日、海外の映画で核に関することが、本人達が何を意図していたかはわかりませんが、揶揄される形で表に出てきました。
揶揄なんかしていないと言われても、あれは揶揄しているだろうと言いたくなるし、むしろ、揶揄しているだろうと声を上げなければいけないという義務感すらあります。
そうしないと、核に関することが、軽いイメージを持ったものとして扱われそうだからです。
核に関することはもうこの世に出現してしまった以上、ひたすらに重く、つらく、厳しいものでなければならないと思います。
関連する記事の中で、
日本だってひどいことをしたではないか
という意見も見ました。
その通りです。日本だってひどいことをしました。
しかし、戦争はそもそも被害者と加害者が入り乱れるものです。
だからこそ、どんなことでも正当化なんてできないはずなんです。
たとえどんな理由があっても、人の命を奪ってはいけないとそう教わってきたはずです。
それが戦争という舞台に入れ替わった途端、大義名分の為なら仕方ないんだと言い換えてしまって良いのでしょうか。
戦争を経験していないからこそ、人が作り出す戦争について考えていなければなならないと思います。
雑記が続きます。
明日は予定通り動画の更新ができると思います。
今回は如来寿量品第十六ですが、いろいろと話している内にとても長くなってしまったので、前後半にわけました。
今回は前半をアップします。
さすが法華経の肝要であるだけに解釈も多くありますし、話すべきこともたくさんあります。
十分に説明することができていませんが(いつものことですが…)、今回はとりあえず現時点でお話しできることをお話ししました。
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暑さが厳しく、また続いております。
そろそろ疲れが出てきている方もいらっしゃるようです。
そういうときは思い切ってしっかり休んでください。
休みを取り入れつつ、夏を乗り越えて参りましょう。
五百塵点劫はどのくらいの時間でしょうか?
と質問を受けることがままありますが、これは弥勒菩薩の言葉を借りてお答えするようにしています。
釈尊より、
五百塵点劫という時間の流れを把握できるか?
という質問を受けた弥勒菩薩は素直に次のように答えます。
数えることも推し量ることもできません。
ですから、私も、弥勒菩薩様ですら数えることも推し量ることもできませんと仰っていますから、その時間の流れがどれくらいであるかを説明することはできませんとお答えします。
何だか逃げのようで申し訳ないのですが、これが精一杯の答えです。
ただ面白いなと思うのが、この五百塵点劫は時間の流れを距離であらわしているということです。
なんで時間の流れを距離で表すのかなと思っていましたが、光が一年で進む距離を一光年といいいますから、これも実に興味深いことだなと思っています。
最近のご意見