本日は御報恩御講を奉修しました。
また、9月12日が竜口法難会にあたりますので、重ねての御報恩を参詣者一同懇ろに申し上げた次第です。
ご参詣を賜り誠にありがとうございました。
法話では、「主君耳入此法門免与同罪事」についてお話しをしました。
解釈の難しい表現のある御書ですが、じっくり読み進めていけば大聖人様の仰せになられたかったことがわかっていただけると思います。
御書は時代背景を考慮しながら拝読しなければいけないものもあります。
それはその時代という制限の中で布教をしなければならないという永遠の課題があるからです。
ですから、御書は一人で解釈をせずに仲間と話し合い、理解を深めていってほしいと思います。
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各地で災害が頻発しています。
心からお見舞いを申し上げるとともに、自分の所は大丈夫であろうとは思わずに、十分に気を付けてお過ごしください。
今年は蕪の種をまだ蒔いていなかったので、今日急いで買ってきました。
大玉はありませんでしたが、中玉がありました。
明日には早速種を蒔こうと思っています。
日目上人がお好きであったと伝わる蕪です。
11月の目師会には蕪をお供えしようといつも思うのですが、なかなか良い蕪に育ってくれなかったので、今年こそはと思っています。
この蕪は、ヨーロッパやアフガニスタンあたりが原産とされるそうで、日本には縄文、弥生の時代には入ってきていたとされる説があります。
持統天皇の時代には積極的に栽培するように推奨されていたそうです。
蕪は種を蒔けば、わりと簡単に芽が出てくれます。
ただ、立派な丸い蕪にしようと思うと、なかなかどうして…。
良い蕪をお供えしたいです。
こちらの植物、

つるあずきです。
これ二株を植えただけでこの状況です。
10月ごろに大きめの小豆が収穫できるそうですが、あと一月ほどの間、これ以上大きくなるのでしょうか。
このまま大きくなったら、ちょっと手に負えません。。

今、鉛筆すら使われなくなってきているといいます。
鉛筆を短くなるまで使って、さらにキャップを使って、さらに短くなるまで使って、使い切った!という喜びとともに新しい鉛筆を削る…。
あぁ古い考えだ…と言われるでしょうか笑
そんな時代ですから、利便性の面から言えば、筆をわざわざ使う理由も確かにないですね。
でも、筆から学べることも多いと思います。
字の成り立ち
自由にならない筆
表現することの楽しさ
…
これは、間違いなく言えるのですが、字だけは、何歳からでも上手になります。
でも上手になれなくてもいいですね。
筆は楽しいと思います。
今更感もありますが、無知の知は不知の知であるとの解釈があるそうです。
解釈というべきか訳の問題か…、両方でしょうか。
無知の知は、ただ知らないことを知っているだけであり、知識を得てしまえば、無知の知は無くなってしまう。
不知の知は、知らないということを分かっている、知り得ないことを自覚している。
というようなニュアンスの違いがあるようです。
正直言って両者の違いが明確にわかるかと言えば、私はわかりません…
ただ、こういった議論が不要かといえば、それは間違いであると思います。
言葉はいったん一つの意味や概念で認識してしまうと、それは理解したということに一時的になるかもしれません。
しかし、深く確かな認識を得ようと思うなら、一度定義された言葉でも何度もじっくりと考え直す必要もあります。
なぜ、こんなことを述べるかというと、仏教の用語などはその最たるものだからです。
ですので、先輩僧侶からも、何度も考え直すことの大事さを教えられます。
9月1日に、関東大震災のことを少し書きました。
関東大震災は、天災ではありますが、やはり他の災害と同じく、人災による被害の拡大がありました。
こういった災害には根拠のない言説に振り回されることは多くあります。
陰謀論は人を凶暴化させることもあります。
NHKで放送しているアストリッドとラファエルにて登場人物が次のように述べていました。
「陰謀論というのは何より拒否なんだと思う。
社会の複雑さを拒否すること、
複雑な問題への単純な答えだ」
そうですね。その通りだと思いました。
単純な答えに飛びつき、何とか安心しようとする。
仏教は縁起を説き、世界が複雑な縁によって成立していることを示しています。
どんなことにも単純な理由なんてありませんし、今流行りの「たった一つの理由」なんてものはあり得ないのです。
では、どうやってこういう陰謀論的なものに惑わされないようにするか。
それは日頃からの訓練だと思います。
ニュースや情報は単純化されたもので、他にも理由はないか、他にも原因はないか、そういった見方を常にすることで、陰謀論に惑わされないような思考を鍛えることができると思います。
自分自身も気をつけていかなければと改めて思っています。
本日は御経日を奉修しました。
雨が降り、足下の悪い中御参詣をいただき誠に有難く思う次第です。
御参詣の皆様と謹んで追善回向を申し上げました。
法話では、「異体同心事」についてお話をしました。
法華経にも「一心欲見仏」とありますが、心を一つにして励むことは何よりも大事なことです。
人数の多い少ないに関らず、心を一つにすること。
また、自分の心を一つにすること。
ことが上手くいかないとき、異体同心であるかそ確認することが大事です。
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また今日は関東大震災から100年でした。
御塔婆を建立し、謹んで御回向と申し上げました。
関東大震災についてはまた書きます。
最近のご意見