法話「積み重ね」
現在、寺院参詣が叶わない状況や、
法話ができない環境となっておりますので、
ここに今までに行った法話のダイジェストを掲載します。
(平成26年 盂蘭盆会法要法話)
現実に向き合う
基本的に仏教というのは、現実に向かい合うという姿勢が必要でして、
例えば、
「世の中には四苦八苦というものが現実に存在するから、
目を背けず、受け入れることが大切だ」
という立場を取るわけです。
世の中苦しみにあふれているとは誰も思いたくないですし、
そんなことは現実であっても欲しくはありません。
とはいえ、避けたい思いはありますが、やはり現実からは避けて通れません。
だけれども、何にもなくて現実に向かい合うことはつらいし苦しいです。
ですから、支えとなるものが必要で、仏様の慈悲の心を感じつつ、
慈悲を支えとして、現実に向かい合っていくことが大切です。
ではどうしたら仏様の慈悲の心を感じることができるのでしょうか?
前置きが長くなりました。その疑問が今日のお話です。
予防
最近は、病気にならないための体づくりということが随分言われるようになりました。
身体にやさしい、自然にやさしいというような生活スタイルというのが流行っています。
それで病気にならないための体づくりっていうものや生活スタイル、
つまりは「予防」ということが大きく注目されています。
病気になったら治療をします。
治療も大事。
でも、できるならそもそも病気になりたくない。
だから「予防」に励むということです。
皆様の中にも食事に気をつけたり、毎日ウォーキングをされている方も
おられるのではないでしょうか?
最近の信心
さて、最近の巷で言われる信心というものがどういうものかというと、
どちらかというと病気で言えば「治療」の役割を果たしています。
苦しい時があったときに拝むもの、
つらいことにぶち当たった時にわらをもつかむ思いで手を合わせる、
このようなイメージで世間では捉えられているのではないでしょうか。
確かに、信心というのは、そういう治療的な役割は持っているんですが、
私は、先ほど述べました「予防」という側面を大事にすることが
信心としての本来の力を最大限に発揮することになるのではないか考えています。
山あり谷あり
生きていますといろいろなことがあります。
上り坂、下り坂、まさか。
ときにつまずくこともあるし、転んでしまうこともあります。
そうしたときに、人は、どう立ち上がるかばかりを考えます。
本当は、山あり谷ありの人生、杖(支えとなる教え=信心)とともに
道を進めば転ぶことは少なくなるでしょうし、
もし転んだとしても大きな怪我もないでしょう。
そんなことはない。人生、わからないことだらけだ。
確かにそうです。
なぜならそもそも自分自身が良く物事を見えていないということがあるからです。
大聖人様は、
「虚空の遠きと、まつげの近きと人みる事なきなり。」
と仰せになられています。
夏目漱石はこんなことをいっています。
「自分で自分の鼻の高さがわからないと同じように、自己のなにものなのかはなかなか見当がつきにくい」
自分ってものがよくわからないから、
まわりで起きていることもわからないわけです。
人生、わからないことだらけだ。
だからこそ、予防としての信心が大事であると思うのです。
日々慈悲を感じる
では、
「どうすれば仏様の慈悲を感じることができるのか?」
ということと
「予防」
が関係あるのかといいますと…
病気の予防といえば、健康な体作りです。
健康な体作りには、毎日の運動、毎日の食生活が大事。
つまり、日々の積み重ねが物を言います。
「予防していても病気になりますよ」
もちろんそうです。ですが、病気の時こそ、日々の生活があらわれます。
乱暴な生活をしていたら、病気も重くなる。
しっかりとした生活をしていれば、予防を心がけていれば、
病気も軽く受けることができる。
信心も同じで、毎日の積み重ねが大事です。
予防するためには毎日の積み重ねです。
「信心していたら、困難はなくなるんですか?」
そんなことはありません。困難はあるでしょう。
でも、乱暴な生き方をしていたら、困難もひどくなる。
信心とともに日々を積み重ねていれば、困難も乗り越えることができるでしょう。
当宗では、毎日朝晩勤行をします。積み重ねです。
勤行をするというのは、「有難い」と感じることでもあります。
何を有難いと感じるか?
「仏様の慈悲」です。
毎日、
「仏様ありがとうございます」
「生かしていただいてありがとうございます」
と感じることです。
つまり、
予防=日々の積み重ね
日々の積み重ね=仏様の慈悲を感じることができるようになる
ということです。
困ったときに慌てふためいて、急いで仏様の慈悲を探しても、
なかなか見つかりません。
仏様の慈悲を感じる日々を積み重ねているからこそ、
困難を乗り越えていくこともできるのです。
こころ
「信心のこころ全ければ平等大恵の智水乾く事なし。」
(人も信心の心がととのっていれば、
仏の平等大恵の教えはは常に満ちていて乾くことはないのです)
と大聖人様は仰せです。
今の時代は、どうも心に目を向けようとしません。
体の健康ばかりをいいます。
何故か。
心というのは簡単ではないからです。
そして、心に向かい合わない社会だから、
言い知れぬ不安感は拭い去れないですし、
どうにも生きづらい世の中になってしまうと思うのです。
心は簡単ではありません。
だからこそ、日々丁寧に向き合って下さい。
「めんどくさい」だなんて思わないで、もっと自分や家族の心を大切にしましょう。
以上、本日の法話をこれまでと致します。
ご清聴誠にありがとうございました。
(合掌)



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