信心をしていると、自分の思いを受け入れてもらえないときがたびたびあります。その自分の思いが、相手のためのものであるのか、または自分のエゴによるものなのか。信心をする上で大きな課題です。
自分のエゴが行動の活力になる人もいらっしゃるので、一概には言えません。
でも多くの場合、自分のエゴが先にくると、また自分のエゴが先に来ていることを本人が認識していないと、他者との間に軋轢が生まれるようです。
相手のことを認めつつ、自分の思いを伝える。こんなに難しいことはないといつも感じています。
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