雑記
孝は儒教に由来する部分が多く、社会性を保つ意味でも重要な道徳的観念です。
しかし、ときに信心はその孝を飛び越えることを是とします。
これは、宗祖が報恩抄にも仰せのように、世間からみれば間違った生き方であると批判されることもあるわけで、なかなか理解するのは難しいし、理解してもらうのも難しいと思います。
ただし、儒教では、何も親の言うことに逆らってはいけないとまでは教えていないという見解を見たこともあります。
考えてみれば、親が行こうとしている方向が間違いなら、たとえそれが親に逆らうことであるとはいえ、全力で止めることができるのも子においてはいないわけで、ある意味、真の孝とは、真に相手の立場を想うところにあるのかなと考えています。



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