ブレーキ
一昨日の投稿(http://hou-gen-ji.com/?p=3352)の中で書きましたが、いろいろな宗教を学んでやってみようというのは、それだけの意欲があってすごいことだと思います。
ところが、いろいろなものをかいつまんで来た結果、本人の考えが混乱してしまったり、自らの思いに歯止めがきかなくなってしまうことがあります。
とくに歯止めがきかなくなるのは怖いことで、ときに周りの声も耳に入らなくなってしまいます。
伝統仏教という枠組みで語るのはよろしくないかもしれませんが、それなりに多くの年月を経てきた信仰は、そういった歯止めがきかなくならないような教えが教義の中に内包されています。
それが行き過ぎた信仰観に良い意味でブレーキをかけ、健全に信心に励むことができるようにしてくれます。
一見矛盾した教義があったとしても、それが相互作用して、健全な信心を育んでいくわけです。
そう考えると、年月には年月の良さがあり、そういったところから学ぶことも多いと思うわけです。



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