雑記
御講などの法要の後や法事の後などには説法を行います。
説法の難しさは、自分でよく話せたと思う時はあまり伝わらず、自分では全くよく話せなかったと思う時ほど、説法が終わった後、
今日の話はよく分かりました
とお声かけ頂いたりすることです。
とにかく一方的な話ではダメでどこかこうする部分がないとだめなのだとつくづく思います。
説法は時代によっても変化しているようです。
どこかの書物で当宗でも、明治大正の頃にはすでにスライドを映し出して説法が行われていたと読みました。※書物を忘れましたので、また分かりましたらここで書きます
本義を違えぬようにしながらも、いろいろと試行錯誤は必要なのだと思います。


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