Monthly Archives: 5月 2025

健全

不登校や引きこもりの改善にまずすべきこと。

多くの専門家の声を聞いていると、皆一様に、まず最初は、

規則正しい生活を心がけること

とおっしゃいます。

直接的に関係ないようで、実はもっとも大事なことだと強く主張されます。

確かに考えてみれば、学校に行く行かない、仕事に行く行かないの前に、人間には日々の生活というものがあります。

その生活の上に、学校や仕事もあるわけです。

そう考えるなら、まずやるべきは生活の質を見直すこと。

何か特別なことをするのではなく、決まった時間に起きて、ご飯を食べ、家の中の手伝いをし、ちゃんと寝る。

いきなり全てはできないけれど、どれか一つから始めるといいんだろうと思います。

ときどき夢のご相談受けます。

良い夢や悪い夢、いろんな夢がありますが、どれも場合によってはとても深刻に受け止めてしまう方もいらっしゃいます。

人から言えば

いい夢じゃない

と思われるようなことでも、取り様によっては、

これは悪い夢だ

となってしまいます。

上手な受け止め方が人生において大事ですが、夢をどの様に受け止めるかも大事なことの一つと言えるかもしれません。

御書素読

本日は御書素読を行いました。

四信五品抄を声に出して拝読しています。

辞書には、

素読 (そどく) とは、意味を深く理解することよりも、言葉の響きやリズムを重視して声に出して読む学習法です。江戸時代から寺子屋で使われてきた伝統的な方法で、特に漢文の学習に効果的とされています

とあります。

まさにその通りで、意味をなるべく取らずに読み進めます。

大聖人様の御書は一見難しいようでも、とても丁寧に説明をしてくれています。

また意味はあとから知ることで、理解を深めることもできます。

現代の合理的な勉強法からは否定的な見られ方をするかもしれませんが、とても有意義な学びの時間となっています。

雑記

以前も書きましたが、カメラで墨書を撮影しても、なかなか雰囲気が出ません。

それは黒を色が上手く表現できないからです。

もちろんとても良いカメラを使えば、そういったことはないのかもしれませんが、素人が手に入るカメラでは限界があります。

ただ、テレビで見た墨書の作品も、実際に見ると非常に深い色合いの表現がなされていたりします。

ですから、良いカメラといえど、やはり本物にはかなわないように感じます。

印刷などは、さらにそれがいえるようで、どうしても黒の締まりを表現するために黒の階調を捨ててしまうことがあるからです。

ある論文を読んでいると、驚くような発見を論じてくれているのですが、それも著者が本物を実見したことによるからだそうで、とにかく機会があれば本物を見ることを心がけることが肝要だと教えてもらいました。

「死」って,なに? ~かんがえよう,命のたいせつさ~

下記の絵本を読みました。

「死」って,なに? ~かんがえよう,命のたいせつさ~

https://common.bunkei.co.jp/books/3670.html

死について、とても分かりやすく、そして、考えることを促してくれる作品です。

死を語る難しさは身をもって感じていますが、こうやって真正面から語る勇気を持つのは本当に難しいことだと思います。

外国の作品ですが、1998年に翻訳版が日本で発刊されています。

これからの日本においてこのような作品は作り出されるでしょうか。

今年は4月に一度かなり暑くなりましたが、それ以降、昼間の気温は高くても、朝晩はかなり肌寒い日が多くありました

いつもなら4月中旬に植える苗も、今植えても生育が悪いだろうと思い、先延ばしにしていました。

ようやく地温も高くなってきたので植えました。

今日などもとても風が強かったです。

丁寧にされる方は、早めに定植しても、ビニールなどで囲いをしてあげて、温かくしてあげます。

ちょっとそこまではできないので、収穫時期が遅れるのを覚悟で、今頃の定植になりました。

以前に早めに植えた苗が生育不良になったこともあったので、ここまでくれば大丈夫かと思います。

こちらは境内地の真砂土の部分が下がってきたので、そこに入れる真砂土です。

少しずつですが、土を入れてならしています。

そういうところに雨が降ってくれると、本当に

雨降って地固まる

だなと実感します。

お言葉

御経日

本日は御経日を奉修しました。

御参詣の皆様と謹んで先祖諸精霊の追善回向を申し上げました。

また本日は大行尊霊の祥月命日にもあたりますので、謹んで御回向を申し上げた次第です。

御参詣を頂きまして誠にありがとうございました。

法話では、兄弟抄の続きについてお話しをしました。

伯夷と叔斉の故事が示される部分を中心にお話しをしました。

賢き兄弟が、たった一言で身を亡ぼす。

口は災いの元。まさにそれをあらわした故事です。

言葉は使い方によっては、人も傷つけ、自分の身も亡ぼします。

使って覚えていく部分もあるのが言葉がコミュニケーションの道具である証かもしれませんが、それにしても言葉は危ういものだと思います。

特に今はSNSなどで、まだ言葉のルールが出来ていない状態です。

傷つくような言葉を見かけたときは、触れずに距離を取ることも大事ではないかと思います。

少しくらいSNSから離れたって、人生どうにかなるわけではありませんから。