読んでいる本で出てきた言葉です。
夜郎自大
やろうじだい
夜郎は中国の前漢時代まであった小国の名前です。
夜郎の国の人が漢の巨大さを知らずに自らの大きさを誇ってしまったという故事から、自分の力量を知らずに自惚れている様子をいうそうです。
本日は御報恩御講を奉修しました。
朝からとても蒸し暑い一日でしたが、ご参詣の皆様と日蓮大聖人様への御報恩謝徳をねんごろに申し上げることができました。
ご参詣誠にありがとうございました。
法話では、「四条金吾釈迦仏供養事」についてお話しをしました。
大聖人様と四条金吾さんの関係性は信頼厚く、御書を拝読する度にある意味うらやましく思うこともあります。
しかし、私たちはとても恵まれていて、各家庭においても御本尊様にお目通りができます。
大聖人様と繋がることができます。
そういう意味では、御在世の時代よりも恵まれた時代であるともいえます。
そのことを思って、大聖人様と四条金吾さんの関係性のように、御本尊様と信ある密なつながりを作り上げてまいりましょう。
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本日は御講終了後に太鼓の練習も行いました。
当寺では御信徒も太鼓をうってくれますが、この太鼓、リズムが単純なようで、実際やってみると非常に難しいものです。
お題目のリズムを大切にして、何度も繰り返して繰り返して練習をすることを皆で確認することができました。
本日は、御逮夜法要を奉修しました。
謹んで宗祖日蓮大聖人様への御報恩謝徳を申し上げました。
法話では御経日に引き続き、「四条金吾釈迦仏供養事」についてお話しをしています。
その中で目犍連の故事が出てきます。
盂蘭盆会でよく取り上げられる故事ですが、神通力をつかっても供養の思いが届かない、そして、釈尊のもとにどうすれば良いかの教えを請いにいきます。
大聖人様はその目犍連の志の高さを四条金吾さんの志の高さに重ね合わせられています。
本抄があらわされたのは、建治2年7月15日です。
お盆の思いもこめて、このお手紙を執筆されたのでしょうか。
何度拝読しても気付きをいただけるお手紙です。
法華経の信心をとをし給へ。火をき(鑚)るにやすみぬれば火をえず。
四条金吾殿御返事
【訳】どうか、法華経の信心を貫徹なされよ。火を得ようとしても、途中で休んでしまっては火は付かない。(御書統合システムより)
大聖人様が四条さんを励まされているように、互いに励まし合って精進していきましょう。
先日、アップしたお言葉、
昨日は人の上、今日は我が身の上なり
を見た人が、なるほど人の不幸を笑ってはいけないと仰っていたのですが、このお言葉は物事が巡るという意味でないかと考えています。
幸も不幸も巡るもの。
良いことも悪いことも巡ってくる。
この流れに逆らおうとしたり、この流れを弁えないと、人間苦労するぞと教えて下さっていると感じます。
玉ねぎを二、三日前に収穫しました。

今年は5月も定期的に雨が降っていたので、なかなか収穫する時期が定まらず、結局この時期になりました。
冬の寒さや天候不順もあったので、無事収穫できてホッとしています。
長嶋茂雄氏が亡くなられました。
昭和のヒーローと言われますが、選手を引退されてからも、監督時代、リポーターなど様々な場面で活躍され、人々を勇気づけてくれた人だと思います。
もうこのような人は出てこない。
と良く言われます。それは時代性もあるかと思いますが、それ以上に長嶋茂雄氏自体が、自分の役割を背負って生き抜いた人だからだと思います。
本当に真似をすることができない生き方だと思います。
晩年は闘病の日々でしたが、同じ病気をしている人、同じく困難な状況にある人を大きく励ましてくれました。
寂しいですが、多くの人々から感謝の心で送ってくれると思います。
心より哀悼の意を表します。
本当にお疲れ様でした。
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